冬。僕はきみの傍に、

23.恋人達のイベント

◆◇◆ 祐介 × 密 ◆◇◆

 ここからは15禁です。
 15歳未満の方はお戻りください。

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 玄関の戸が開かれたとき、中から現れた相手は俯いたままだった。それが「はい」と言いながら視線を上げて、玄関先にいる人物を認めると大きく目を見開いた。
 玄関先にいた人物――密は、そんな彼――祐介の視線をずっと見返すことができず、すぐに視線を外すと小さくお辞儀した。
 それから僅かの間、沈黙が続いた。
 密はまず何と言って話を始めればいいのか分からないし、祐介も驚きのあまり何と声をかけていいのか迷っているらしかった。
 何か言わなければいけないと思っているのに、密はいざとなると最初の言葉が思い浮かばず、ジャケットの立てた襟に首をすくめて両手を体の前でもじもじさせて――まるで傍から見ると親に怒られることに怯える子供のようだった。
 強い冬の風が吹いて頬を叩かれた祐介は、ハッと我に返ったようにひとつ瞬きをすると沈黙を破った。
「来て、くれたんだな。寒いだろ、入れよ」
「……うん」
 祐介の申し出を断ろうかと思った密だったが、祐介の服装が部屋着のままで寒そうなのに気づいて頷いた。
 だが、さすがに部屋の中に入るのは気が引けて、密が「玄関でいいよ」と言うと、
「すぐ、帰るのか?」
そう祐介が淋しそうな表情をするので、密は内心で苦笑してしまった。
「ううん……話したいことがあって来たんだけど、長くはなっちゃうかも知れない」
「そうか。じゃあ立ち話もなんだし、入って」
 笑顔で促す祐介の、言葉に甘えて密は部屋に上がった。
 ダイニングへ通されると真ん中にあるテーブルとイスを指して、「座ってくれ」と祐介が言うので密は大人しくそこへ座る。
 テーブルの近くにはストーブがあって、部屋は心地良いほど暖められていた。
「コーヒー飲むか? インスタントしかないんだが」
 キッチンに立ってコップを用意しながら祐介が訊ねてくるのに、「うん」と返しながら密は部屋の中を見回した。
 簡素だがきれいに片付けられているキッチンは、あまり祐介の印象と一致しないなと密は思う。真面目で実直だからきれいにしていそうだとも思うが、どちらかというとそれ以上に不器用な印象もあるので、祐介だけが住んでいるのだとしたらもっと物が散らかっていそうだなと密は思うのだ。
 また、ダイニングに置かれた棚の上に、並べられている料理の本や雑誌もそぐわない。
(あの人……晃さんがきれいに使ってるんだろうな)
 先月、アパート前で密を待ち伏せしていた青年を思い出す。突然現れた青年は晃と名乗り、同居人で幼なじみの祐介のことで来たんだと言っていた。
 どうやって密のアパートを調べたのかわからないが、見かけは少々華奢だからその印象でひ弱そうに見えなくもないのに、話してみると祐介よりもずっとしっかりしているように思えた。
(今はどこかに出かけてるのかな――)
 そこで密の思考は一旦途切れた。祐介が戻ってきたのだ。
 インスタントコーヒーの入ったコップを2人分持って祐介がテーブルに着き、密は片方のコップを受け取るとしばらく視線を落として沈黙した。
 話したいと思うのに、いざ祐介を目の前にして一体何から話せばいいのかわからなくなる。
 そんな密の様子を察してか、祐介もあえて黙って密が話し始めるのを待っているようだった。
 ここに来る前は、まず謝ろうと密は考えていた。自分のせいでリオに酷い目に遭わされたのを、まず謝るべきだろうと思った。だが、謝ったところできっと祐介はすぐに許してくれるような気がした。「密のせいじゃない」と言って、自責の念を覚える密を安心させようとするのだろうと。
 それでは駄目だと密は思った。
 だからまずは、どうして自分が売春をするようになったのか、その説明が先だろうと密は考えて、ひとつ大きく息を吸うと話し始めた。
「あんまり、聞いてて気持ちのいい話じゃないと思うんだけど、その、祐介さんには聞いて欲しいんだ」
「ああ、聞くよ」
 そう躊躇いなく頷く祐介に密は思わず顔を綻ばせる。
「ありがとう――。えっと、よくある話だとは思うんだけど、僕は母親と不倫相手との間でできた子供なんだ」
 密の母親の相手は、他に家庭を持っていた男だった。その付き合いはお互い本気だったのか、それとも遊びだったのか、それは密には到底わからないものだったが、不倫の結果、母親は密を身ごもった。
 しかし、これもありがちな事かも知れない。母親が身ごもったと知ると、相手の男は母親を避けるようになった。つまり、母親は捨てられたことになる。
「なのに、どういうつもりか母親は僕を生んだ」
 シングルマザーとして母親は密を生み、育てようとした。
 だが、母親は密を頻繁に罵ったし、手を上げることも多かった。食事も満足にできない時期もあった。
 それでも、なんとか中学に上がるまでに成長することができた。
「あの人は根っからの男好きだったんだろうね」
 密が思春期に入っても母親は何度も男を家に連れ込んだ。連れ込む男は頻繁に変わって、そのことすらも密は嫌悪感を覚えて仕方なかった。
「だけどさ、まだ子供だったから我慢するしかないと思ったんだ」
 近所から白い目で見られながらも密は耐えるしかなかった。
 ところが、ある日事態は一変した。
 その頃、母親がよく相手をしていた男が、母親の留守中に家に現れて嫌がる密を強引に抱いたのだ。まだ幼い密にとって衝撃的な出来事だった。
 男は密に「彼女には内緒だよ」と言って、以後、時折母親の留守に現れては密を抱いた。
「でも、それがついに知られることになったんだよね」
 異変を感じとっていたらしい母親が、男との行為中に家に戻ってきて秘密の関係は暴かれた。男は多少狼狽したようだったが、密は男のことが好きでやっていたわけではないので、これでやっと終わると安堵した。
 しかし、密と男の関係を知った母親は男にではなく、まず密に怒りをぶつけてきた。密を酷く罵り狂乱して手が付けられない状態になった。
「最初は発狂するあの人を見て、ただただ驚いたし、少しは悲しい気持ちもあったと思うんだけど、でも僕は次第に優越感みたいなのを感じ始めたんだ」
 いつも密を罵倒して時には暴力を振るう、およそ母親らしいことをしてこなかった彼女の、その男を寝取ることで母親に一矢報いてやった、そう密は思ったのだ。
 それ以後、密は復讐の意味も込めて嫌がらせのように母親の男を寝取った。失敗することもあったが、成功したときの母親の歪む顔を見たくて密はそれを止めようとしなかった。
「――で、まぁ、そんな親子喧嘩が修羅場になって、ついに近所の人から通報があって警察沙汰になっちゃった。すぐに僕とあの人は引き離されて、僕はそれから親戚の家を転々と」
 だが、親戚の者は時に腫れ物に触るように、あるいは汚いものでも見るように密と接し、密もそんな環境が嫌で高校を卒業してすぐ一人暮らしを始めた。
「でも、将来の目標とか全然なくてさ、仕事以外でやることもなくって、それでフラフラしてたら何でか僕よく男に声をかけられるんだよね。最初は拒否してたんだけど、そのうち金払うからっていう奴が現れて、生活は楽じゃなかったから金くれるならって……そんな安易な気持ちで始めたんだ。セックスが嫌いじゃないっていうのもあったよ。男が好きって気持ちは持ったことないけど、母親のことがあって女は相手にしたくなかったし」
 過去を一通り話しながら密も自身を省みて、ふとなぜ売春に拘ったのだろうなと思った。
 初めは母親を見返すためだけのものだった男との関係を、母親という存在が目の前からいなくなって一度は必要ないと思った。母親の女としての自尊心を傷つけられた、あの歪んだ顔を見れないなら男と寝る必要もない。
 だが、経験から男の相手はできるものの、母親の存在を見てきたことで密は女には興味が持てなくなってしまった。仕事以外でやりたいこともなく、欲求の捌け口が密には必要だった。
「僕は……そう、男を恋愛対象として見ることはなかったけど、セックスは気持ちよかったし、欲求不満の解消にもなったし、それでお金が貰えるんだったら男の相手をしてもいいって、たぶんそう考えたんだと思う」
 すっかり冷えてしまったコップを両手で包み込み、気がつくと密は眉間にシワを寄せて手元を睨みつけていた。
「僕、正直に言うとまだ売春自体が悪いことだって思えないんだ。でも、リオって男に付け入られて、いいように扱われるのは腹立つし、それで祐介さんに迷惑かけたことはすごく後悔してる」
「密……」
 コップを持つ密の両手に、祐介の両手が重なった。その暖かさに頬を染めて密が視線を上げると、真っ直ぐに密を見つめる祐介の視線とぶつかった。だが、祐介と手を触れているだけで顔が熱くなっていることに、密は恥ずかしくなってすぐに俯いてしまう。
「えっと、僕、祐介さんに謝りたかったんだ。リオが祐介さんを襲ったのは僕のせいだし、祐介さんは僕――僕のこと、その……」
「好きだ」
「う、うんっ。その、好きって言ってくれてるのに、お金払ったらってひどいことしたし」
「いや、密が謝ることはない。おれがそのリオって奴にやられたのは密のせいじゃないし、密を抱きたいって思ったのはおれの意思だ」
 思ったとおり密を庇う祐介の優しさに、密は苦い笑みをこぼした。
「でも、祐介さんは本当は僕を買うってことに抵抗あったでしょう? 僕を買ったの、後悔したんじゃない?」
 その問いの答えを聞くことは、密にとっても苦痛を覚えるもののはずだが、密は聞かないといけないような気がした。
「いや――抵抗がなかったわけじゃない。だが、密と一緒にいれた時間は、おれにとって幸せだった。だから、そのことについては一切後悔はしてない」
「ほんとに? でも、僕は後悔したよ」
「密?」
「あーいうことに疎い祐介さんを、僕がこっちの世界に落とそうとしてるんだっていう状況を楽しんでた。祐介さんは純粋に思ってくれていたのに、僕はそれを無下にしたんだ」
「密……」
「でも、祐介さんに抱かれてるうちに僕は、本当に思ってくれているんだってわかって、今までに感じたことのない幸せな気持ちになれた。なのに、終わってから祐介さんにお金を渡されたとき、僕は――」
「ごめん」
 密が言いよどんでいると祐介が頭を下げてきたので密は慌てて首を振った。
「違うよ、祐介さん。祐介さんが謝ることじゃない。僕が勝手で我侭なんだよ。自分が言ったことなのに、僕はすごく後悔した――うん、祐介さんを傷つけたってことより、最初に自分が傷ついたって思った。やっぱ僕、最低だよね」
「密っ」
 思わず密が俯くと、密の手を包む祐介の手に力がこもった。
「傷ついたって、そう思って当然だ。おれは密を好きだって言いながら密を買った。裏切る行為と同じことをおれはしたんだ。だから密は最低じゃない」
「祐介さん……」
「それにおれは傷ついてないし、幸せな気持ちになれたって言ってくれて、それがおれは嬉しい――その……」
 力強く話していた祐介の口調が、突然はっきりしないものになった。
「祐介さん?」
「密を裏切るようなことをしておいて何なんだが……幸せな気持ちになれたって――」
 心なしかそう口ごもる祐介の顔が赤くなった気がして密は思わず笑みがこぼれる。
「うん、初めてだったんだ、そんな風に思えたの」
「そうなのか?」
「今まではずっと体だけの関係で、単に欲求不満を解消してるって感じだったんだよ、僕は。でも、祐介さんとしたときは――心も体も満たされた感じだった」
「密……」
 真っ直ぐで熱い視線を受けて、今度は密も祐介を見つめ返す。
「僕、祐介さんのこと好きかどうか、本当はまだよくわからないんだけど、でも――こんな僕でよかったら、できたら祐介さんの傍にいたいなって思って……」
「ああ、おれも密の傍にいたい」
 祐介の片方の手が密の頬に触れる。それに導かれるように密が顔を寄せると、祐介もテーブルの上に身を乗り出し――あと少しで唇が触れ合うというところで玄関の開く音が2人を引き離した。
 慌てて元通りイスに座りなおすと、しばらくして祐介の同居人である晃が現れて、玄関の靴を見て誰が来ているのか察したのか、密の姿を見ても驚いた様子は見せなかった。
「なんだ、やっと来たのか? あんだけ発破かけたのに、時間かかったな」
 もちろん密にかけられた言葉だったが、それには苦笑いをするしかなく、晃の言葉に著しい反応を見せたのは祐介の方だった。目を見開き密と晃を交互に見比べる。
「え? 晃、密と、知り合いだったのか?」
「まさか」
 少々呆れたように言って晃は、2人に近づくと手に持っていた紙袋をテーブルに置いた。
「先月末くらいに行ったんだよ、密くんの住んでるアパートに」
「なんで住所知ってたんだ? 歩に聞いたのか?」
 そういえば、密もそれは気になっていたと思い、答えを期待して晃を見上げた。
 2人の視線を感じているのだろう、晃は少し居心地が悪そうに、そして密を窺うように一瞥すると答えた。
「あとをつけた」
「……はぁ? 尾行したってことか?」
「そう。密くんがよく現れる店は歩から聞いててね。でも、あーゆう雰囲気は好きじゃないし、やばい奴に目を付けられるのも嫌だしさ。店には入りたくないなーって思って、帰ってるときにでも声かけよっかなってつけてたんだけど、それならいっそ自宅押さえとくかって」
 説明はまだ途中のようだったが、そこで言葉が途切れたのは祐介に睨まれたからのようだった。慌てて晃は言葉を続ける。
「聞けよ、お前のためでもあったんだぞ」
「おれの?」
「別に自宅を押さえたからって、すぐにどーこーしようとは思ってなかったよ。いや、俺はまぁちょっと密くんと直接話ししたいなぁとは思ってたけど。でも、密くんが行動を起こそうと思っても出来ない場合とか、密くんに万一のことがあった場合とか、それを人伝に聞いたときにでも家の場所がわかってた方が何かと動きやすいだろ」
「ん……うん」
「お前の手紙だって、リオって奴にもし見つかったら、密くんだって危ない目に遭ったかも知れないし。そういうとき住所がわかってたら助けに行きやすいだろ?」
「そうだな」
「だろ? そういういざって時のための備えが必要かなと思ってさ。ま、取り越し苦労だったみたいだけど」
 祐介が納得した表情を見せたので、晃はホッとしたように苦笑した。そして、これ以上追求されないようにか、さっと話を変える。
「んで、話はだいたいまとまったのか?」
「う……おう」
 気恥ずかしそうに頷く祐介に、今度は晃が納得したような顔をする。
「そうか。その様子だといい方向にまとまったんだろうな。じゃ、これは俺からのお祝いってことで」
 そう言って晃はテーブルに置いた紙袋を指し示した。
「なんだ、これ?」
「世間はバレンタイン一色でね」
「買ったのか?」
「バイト先で買わされたんだよ。でも、味は保証する」
 あとは2人でごゆっくりと晃がダイニングを出て行き、自室に戻ったのかと思ったら再び玄関の開閉の音がして部屋から出て行ったのだとわかった。わかってから密は我に返ると立ち上がった。
「密?」
「僕、晃さんにお礼言わないと!」
「密、もう行っちまったよ。また帰って来てからでいいんじゃないか」
 ところが、少しもしないうちに祐介の携帯に晃からメールが届く。
『今日はダチん家に泊まる』
「――だって」
「気を遣わせちゃったのかな」
 申し訳なく思う反面で密は、晃の気遣いを嬉しくも思った。
 しかし、それは祐介も同じだったようだ。密の傍に寄り添うと再び密の頬に手をやる。そして、
「さっきの続き、いいか?」
「ん……うん」
 頷いて目を閉じると、祐介が覆いかぶさってくるのを感じ、優しすぎるほどの口付けが振ってくる。
 密も自然と祐介の背に腕を回し、静かな祐介の熱を受け止める。
 次第に口付けは深くなって、互いに高まる感情を持て余すほどに求め合うが、それでも誠実な祐介はそれより先に進むことに躊躇っているようだった。
 それを感じ取って密は、少しだけ体を離すと祐介を見上げた。
「祐介さん、やっぱり……イヤ?」
「密?」
「僕を抱くの、イヤ?」
「まさか。その……いいのか?」
「うん。僕、祐介さんに抱かれるの好きだし、セックスが好きなのは本当だから。呆れた?」
「いや、おれも密のこと抱きたいし、晃に自慰を覚えた猿って言われたから安心しろ」
 祐介が言って笑うのに、密もそういえば晃から同じことを聞かされたなと思い出して一緒に笑った。
 そうして、また見つめ合うと深く口付けて、2人の時間を心行くまで楽しんだのだった。

2010.10.04

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