冬。僕はきみの傍に、

23.恋人達のイベント

◆◇◆ 宗太 × 速水 ◆◇◆

 嫌な予感というのは大抵当たるものだ。
 バレンタインが近くなるにつれて速水は、背中に虫唾の走るような嫌な予感をひしひしと感じていた。
 元凶はもちろん年下の恋人、宗太にある。
 はっきりと言葉にはしないが、去年のクリスマスと同様バレンタインも速水と2人で過ごしたいと、そう宗太が思っているらしいということはわかる。
 速水も別に宗太が嫌いじゃないから、2人で過ごすのが嫌だというわけじゃない。当然付き合っているのだから、宗太を好いている気持ちももちろんある。
 だが、去年のクリスマスに宗太が持ち込んだ問題を、バレンタインでも再び持ってくるんじゃないかと思うと速水はうんざりするのだった。
 去年のクリスマス、宗太の部屋で過ごそうと速水が訪れると、宗太はプレゼントを用意していた。プレゼントなど用意していなかった速水は、申し訳なく思いながら受け取り開けてみると、中はなんと大人用のオモチャだった。
 そういう類のものが嫌いな速水は途端に激怒したが、もう買ってこないからと誓い謝る宗太に渋々怒りを収めた。
 ところが、宗太はどうもその後もまだオモチャを諦めていないようで、速水はまたいつ宗太がオモチャを持ち出してくるかと思うと気が気じゃない。
 このバレンタインという世間じゃ特別扱いの1日も、速水にとっては最悪な日になりそうで、それならいっそ会わなければいいと思った速水は、バレンタインは何かと理由をつけて宗太を避けることにした。

「そんなに嫌なのか?」
 事情を知る友人の家に押しかけ、速水は今日1日だけ匿ってくれと頼み込むと、友人からそんな質問が投げかけられた。それにはきっぱりと
「ああ、嫌だね」
と断言するが、
「なら別れりゃいいじゃん」
 あっさり言ってのける友人に速水はとっさに言いよどむ。
「それは……」
「ま、いいけど。オレは部屋で彼女といるから、邪魔だけはすんなよ」
 釘を刺して彼は隣の部屋へ消えて行くが、数分もしないうちに隣の壁から彼女のものらしき声が途切れ途切れに聴こえて、速水はうんざりしながらヘッドホンを探し出すと、持って来た携帯ゲームにさして電源を入れた。
 ゲームで時間を費やしている間、何度も携帯が振動を繰り返すが、速水はそれを宗太がしつこくかけてきているのだろうと確認もせずすべて無視する。
 だが、無視をしながら速水は気がつくと宗太のことを考えていた。
 ついさっき友人に言われた一言がなぜか脳裏から離れない。
『なら別れりゃいいじゃん』
 言われてみればその通りだと思う。
 激怒するほど嫌なオモチャを、それでも使いたいと思っているらしい宗太が、今度またオモチャを持ってきたら別れを突きつけてやればいい――と思うのだが、なぜだか速水はそうしようとは思えなかった。
 純粋に速水だけを想い、友達を作るのも下手な宗太は兄弟以外だと速水しか一緒に過ごす者がいない。宗太には自分しかいないんだという状況に、速水自身も酔っている感は否めないが、しかし「宗太は俺のことだけを想ってればいいんだ」という独占欲にも似た思いを速水が持っているのも確かだった。
(あいつのことが好きなのは、間違いないんだけどな)
 内心で呟きながら、いつもの癖で携帯で時間を確認すると、ゲームを始めてから2時間が過ぎていた。さすがに疲れてヘッドホンを外すと、隣室からはまだ彼女の声が漏れ伝ってくる。
(盛んだな)
 つい突っ込みを入れつつ、手の中の携帯が振動を始めるのに咄嗟に待ち受けを見ると、知らない番号が表示されている。
 首をかしげながら出ると、相手は宗太の兄の高次だった。
 速水が応答するよりも先に、繋がった途端高次が携帯の向こうで怒鳴った。
『お前、一体どういうつもりだ! 携帯もメールも無視しやがって!』
「え、高次さん?」
『とにかく今すぐ▲▲病院に来い!』
 一方的にそれだけを言うと通話は切れた。
 慌てて画面を見ると、着信もメールも20件近く入っていて、その内のひとつのメールを開いて読むと速水はサッと血の気が引いた。
『宗太が事故った。▲▲病院だ』
 そんなことも知らず無視をし続けた自分を呪いつつ、速水は友人宅を飛び出すとバイクを走らせ病院へ急いだ。
 時刻はすでに深夜を過ぎていたが、救急窓口に駆け込むとそこで宗太が運ばれた部屋を案内された。看護士の落ち着いた様子に、それほど重傷ではないらしいと知ってホッとするが、それでも心配には変わりない。
 案内された病室の前まで来ると、速水を待っていたかのように高次が現れ速水に眼を飛ばす。
「あの、宗太は?」
「それより、お前今まで何やってたんだ」
 さすがに病院ということもあって声は落としているが、だからこそ気圧されるような迫力に思わず速水は怯む。
「友人の家に――すんません」
「ふん、おれに謝られてもな。けど、冷てぇ恋人だよな実際」
「……宗太はバイクで?」
「そうだ。お前を探してたんだと」
 今度こそ返す言葉を失くして、速水は黙り込むと歯を噛み締めた。自分自身に対する怒りが沸々と沸き起こってくる。
 そんな速水の様子をどう取ったのか、高次はひとつ息を吐くと顎で病室の中を指し、
「会ってくんだろ。右手の奥だ」
 促されて速水は中へ入った。
 病室は6人部屋で、6つあるベッドすべてが埋まっているようだった。全部のベッドのカーテンが閉められている。
 高次が言った右手の奥のベッドへ近づき、カーテンをそっと開けて中を覗くと、右足と左手に包帯が巻かれ固定された状態の宗太がいた。顔にも痛々しい擦り傷が見える。
 目は閉じていて眠っているようだったが、小声で名前を呼ぶと宗太は起きて、傍に速水が居ることに驚いているのか目を見開く。
「速水、さん!」
 思わずといった感じで声を上げる宗太を、速水は指を立てて制して、近くにあった丸イスに腰掛けた。
「大丈夫か?」
 心配げに速水が訊くと宗太は嬉しそうに微笑む。
「平気ッス。ほんのかすり傷です。事故ったとき脳震盪起こしたみたいで、念のためにって1日入院するだけですから」
「そうか」
 ホッとして速水は、ずっと強張っていた顔が綻ぶ。それを見て宗太が申し訳なさそうに軽く頭を下げる仕草をした。
「速水さん……心配かけてすみません」
「いや、俺も、すまん。お前が事故ったの……すぐに気づけんくて」
 すると、宗太が一瞬口を閉ざして、そして言い難そうにしながらも口を開いた。
「あの……今日ずっとオレのこと避けてましたよね」
「……ああ」
「オレ、ずっと探してたんス」
「うん、すまん」
「速水さんに、これ渡したくて」
 宗太はそう言うとベッド脇の棚に置かれた、醜くつぶれた箱を左手で取り上げると、それを速水に差し出した。
「本当は日付が変わる前に渡したかったッス……」
 悲しそうな顔をする宗太を見て、速水は悪いことをしたなと反省しつつ箱を受け取った。
 厚みもそこそこある縦長の箱は、ピンクの包装紙に包まれて赤いリボンまで付いていた。明らかにバレンタインのチョコを連想させられて、速水は何の疑いもなくその場で箱を開けた。
 そして、箱の中身を見て速水の動きが止まる。
「結構悩んだんですけど、それなら速水さんも喜んでくれるかなって――」
 開いた箱の中身は、デザイン性のある形をした、鮮やかな色合いの、棒状の――大人のオモチャだった。
「それだったら受け入れ易くないですか?」
 期待に満ちた目をして言う宗太をひとまず無視して、速水は立ち上がると箱を持った手を振り上げた。そして――
(やっぱりじゃねーかっ!!)
病院内だったため声は出せなかったが、胸のうちで叫ぶと速水は、手の中のものを思いっきり床に叩きつけたのだった。

2010.10.04

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