冬。僕はきみの傍に、

007.監視カメラ

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「今度、僕の家に来てよ」
 高校に入ってすぐに出来た友人、立見珪(たつみけい)に言われて吉田稔(よしだみのる)は、休日に彼の家を訪れることにした。
 教えられた住所の通りに行くと、稔が目指していた先は視界に納まらないほどの豪邸で、家が裕福だとは聞いていたがここまでとは思わず、気後れして一歩退いた稔だった。
 チャイムを押す勇気が持てず門の前で立ち尽くしていると、門の向こうに広がる庭から珪が現れて、今にも回れ右をして帰ってしまいそうな稔を呼び止めた。
「何つっ立ってんだよ、稔。入れよ」
「お、おう……」
 門が開けられ珪に手招きされて稔は、少々緊張しつつも敷地内に足を踏み入れた。
「ゲームするか? それとも稔、スポーツ好きだったよな。テニスとか、水泳もできっけど――何したい?」
 屋敷への長い道のりを歩きながら、珪の話を聞いてスケールがハンパないなとか思いつつ、それでも何をしようかとワクワクしながら考えていると、ふと稔はあることに気付いた。
 門にも設置されていたが、庭の所々に立つ電灯にも監視カメラがつけられていた。
 稔の視線に気づいた珪が説明する。
「ああ、あれ? 2年くらい前かな、空き巣だかなんだか知らないけど、不審人物が侵入してきたっていうんでつけたらしいよ」
 僕は専ら、使用人がサボってるんじゃないかって親が不審に思ってつけたんじゃないかって思うけどね、と付け足して珪は笑った。
 やっとという感じで屋敷に辿り着くと、玄関を入って奥にある大きな階段に向かったが、その大きな階段横には地下へ続くらしい階段もあり、また物珍しく見ていた稔に珪が「ああ、そこの地下は警備員室になってんだ」と説明する。
「僕も時々警備員室に遊びに行くんだ。ほとんど何も映ってないけど、時々使用人の奇行とか、使用人の若いのが年寄りに説教されてるところとか見れて、意外に面白いんだ」
 階段を上がりながら説明する珪の言葉に、耳を傾けつつも稔は屋敷のすべてが珍しくて、忙しなく視線を巡らせていた。
 その視線がさっきまで自分がいた玄関で止まった。
 玄関を開けて入ってきたらしい20代くらいの若い男がそこに立ってこちらを見上げていたのだ。だが、稔の視線に気づいたのか、それとも稔の視線を追って珪が見下ろしてきたのに気付いたのか、男はひとつ会釈をすると地下の警備員室に消えていった。
「2年前に来た楠木大悟っていうんだ。無口で無愛想だけど、けっこうイイヤツだぜ。あとで紹介してやるよ」
 裕福な家庭の子供だから、使用人にはそれなりの態度を取るのかと思い込んでいた稔は、多少なりとも違和感を覚えつつ気安いヤツなんだなと、珪のことを改めて見直した。
 やっと珪の部屋に辿り着くと、中背の高そうな棚にゲームが収められ、その機種、ソフトの豊富なことに稔は目移りしつつ、数時間をゲームで過ごした。
 途中で使用人が紅茶とケーキを運んで来て、ゲームはそこで一旦止めると、小休憩を挟んで今度は庭のコートでテニスをすることにした。
 スポーツや体を動かすことが好きな稔だが、テニスは授業でやったことしかなく、初めはやり慣れているらしい珪に翻弄されるが、もともと運動神経のいい稔は最後の方になると珪といい勝負が出来るまでに上達していた。
 かなり汗をかいた稔は、珪にすすめられて遠慮なくシャワーをかりることにして、しっかり汗を流すと珪の部屋に戻った。
 ところが、そこにいると思っていた珪の姿がなく、しばらく待っても珪は部屋に戻ってこなかった。自分と入れ違いで風呂に入っているのかと思いバスルームに行くが、やはりそこにも珪の姿はない。
 このまま何も言わずに帰るのもどうかと思い、稔はどうしようかと考えていたが、ふと珪が言っていた「時々警備員室に遊びに行く」という言葉を思い出して、なぜか稔は珪がそこにいるような気がした。
 大きな階段を降り、その横にある地下への階段を降りて、突き当たりにある扉をノックする。だが返事はない。
 思い切って扉を開けると、稔の予想は外れて誰の姿もなかった。
 稔は思わずため息をついて1階へ戻ろうとしたが、その時、背を向けた警備員室から妙な声が響いてきた。
 男というよりはまだ幼い少年の、どこか悩ましげな声だった。
 誰もいなかったはずだと振り返って、もう一度警備員室を確認するが、ほんの4畳ほどの狭い室内だ。誰を見逃すはずもない。
 振り返って分かったのは、その声が室内からではなく設置された幾つかの小さなブラウン管から流れている、ということだった。
 きっと敷地内に設置されている監視カメラの映像を確認するためのものだろう。
 真ん中には大きな画面があって、その周囲に小さな画面が並んでいるという、どこかサスペンス系の映画で見るような光景だなと思いながら、同時に珪の「時々おもしろいものが見れる」という言葉も思い出して稔は好奇心を抑えることができなかった。
 警備員室に入ると画面の前に行って、声の正体が何なのか見極めようと思ったのだ。しかし――
「なっ――!?」
 真ん中の大きな画面に映ったそれは、稔の16年間培ってきた常識では理解できない光景だった。
 場所は分からないが、周りを木々に覆われた庭らしき所で、その陰にふたつの人影があった。一人は大人の男で、もう一人は少年――珪だった。
 珪はほとんど全裸と言っていい格好をしており、そんな格好で一体何をしているのかと言えば、男の前にかがみその男の露になった腰に顔を寄せて、男の起立したものを咥えている――ように稔には見えた。
 嘘だと思いたかった。
 しかし、何度頭の中で「違う、違う」と繰り返しても、機械から響く珪のくぐもった声を聞けば、最終的に行きつく結論は変わらなかった。
――何してんだよ、珪……。
 呆然としてしばらく眺めていた稔は、次第に見続けることに居た堪れなくなり、警備員室から出て行こうと思ったが、それでも何故かそこから視線を外せないでいた。
 その内、男が腰を激しく動かし始め、短く呻き声を上げるとその動きがゆっくりになる。珪の口からそれが引き抜かれて、珪が微かに咳き込んだ。男が口の中で射精したのだと分かって、稔は咄嗟に自分の口に手を当てて込み上げる吐き気を押し込めた。
 稔は見ただけで気持ち悪くなるのを、珪は一度口元を手の甲で拭っただけで、あとは平然として立ち上がると近くにあった木にもたれかかった。
 もうこれ以上見たくはないと思っていた稔だったが、この先に何があるのか怖いもの見たさというのもあって、やはり目が離せない。
 男は木にもたれかかった珪の片足を持ち上げると、未だ昂ぶった自分のものを珪の脚の間に沈めた。
 初めはそれが何かわからなかった稔だが、男が突き上げるたびに喘ぐ珪の姿を見て、まさかとは思いつつも男のそれが珪の後ろの穴に挿入されているのかと気付く。
 それが分かった自分が不思議だったが、男に貫かれて善がっている珪の痴態に稔はやはり信じられない気持ちでいっぱいだった。それと同時に男同士でという気持ち悪さと、ホモという者たちに対する侮蔑の気持ちが男と珪に対しても沸き起こる。
 しかし――
「あっ――はぁ――もっと――っ!」
 艶かしい声を上げて、男にもっととねだる珪の痴態に、次第に稔は見入ってしまい、内心で「嘘だ」と繰り返しながらも興奮している自分を自覚していた。
 男の腰が激しく動き、男のものが何度も珪を貫き、その度に珪は背を仰け反らせて喘ぐ。そんな痴態を見て稔も興奮し、気付けば自分のものがズボンの中で窮屈に膨れ上がっている。
 信じたくはなかった。だが、現実だった。
 ふいに珪の喘ぎ声に、男の洩れる声が重なった。男の限界は近いらしい。
 男の動きに更に獣じみたものを感じ、堪らずに漏れた珪の声はさっきよりも切羽詰った喘ぎとなって稔の興奮を刺激する。
 だがその時、有り得ないことだが稔は視線を感じて硬直した。それは生身の視線ではなくブラウン管越しの視線だった。画面の中で珪が男に貫かれながら、その珪の視線がブラウン管を通して稔を見つめたのだ。
 実際は監視カメラを見ただけだろうが、何故か珪は警備員室に稔がいると分かってこちらを見つめているように稔には感じられて、背筋が寒くなるような、それでいて覗き見している自分を知られて羞恥を覚えて顔が熱くなるような、奇妙な感覚に囚われた。
 珪と画面越しに見詰め合っていると男の限界が来た。
 男は一段と深く腰を沈めると「うっ」と呻いて、どうやら珪の中で射精したようだった。続いて珪も貫かれながら射精する。
 少しして珪から男が離れて、珪が力なくその場に座り込んだ。
 お互いに荒い息をつきながら、しばらく珪は座り込んだまま動かなかったが、男は脱いだズボンを履きなおし、乱れた衣服を整えて――そして、こちらを見上げた。
 稔は再び固まり今度こそ血の気が引いた。
 画面を通して稔は男と視線が合ったのだ。
 稔は気付いた。今までずっと珪にばかり視線が行っていたが、男は稔がこの屋敷に来たとき玄関に立って稔たちを見上げていた、あの警備の男だった。
 名前を確か楠木大悟と珪が言っていた。
 気付くと同時に珪の言葉をまた思い出す。
『無口で無愛想だけど、けっこうイイヤツだぜ。あとで紹介してやるよ』
 紹介するとは一体どういう意味で言ったのだろうか。嫌な汗が稔の背を伝う。
 画面の中の男が視線を戻すと動いた。珪をその場に残して。
 稔は反射的に警備員室を飛び出し走り出していた。
 この異常な状況から逃れるため。屋敷から逃げ出すために――

[終]

2009.04.15

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