冬。僕はきみの傍に、

05.欲求不満

 ここからは18禁です。
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「あぢぃ〜……」
 シャツの胸元を揺らして風を送りながら、晃は夏の暑さに呻いた。
 西日は赤く、時折涼しい風も吹くが、それも一瞬で去っていく。
 無事に何事もなく試験が終わり、8月、夏期休暇を迎えて学生たちの多くは自由を満喫していたが、晃はどちらかと言えばアルバイトの方を満喫していた。
 まあ、満喫というような楽しいものではないのだが。
 親からの多少の仕送りがあるとはいえ、普段の短いアルバイトだけでは心許なく、こういう長期の休暇があるときに働いて稼いでおかなければ、いざという時に何もできないということに成りかねない。
 とくに来年の秋からは就職活動も始まる。3回の前期に必要な単位を大体取るとしても、勉強もアルバイトもせいぜいが今のうちなのだ。
「あ〜、アイスでも買ってくりゃよかった〜」
 アパートの前までたどり着いて、思いついたように後悔を口にする晃だが、かといってもう一度出かけるつもりもなく、鍵を取り出すと玄関を開けた。途端に室内から冷気が迎え、それを感じて晃は思わず動きを止めた。
 リビングの冷房がついているんだろう、それはわかるが、廊下への戸が閉められているのに、なぜ玄関まで冷気が漂ってくるのだろうか。
 嫌な予感を覚え、晃は慌てて靴を脱ぎ玄関を上がるとリビングの戸を開けた。
「うっ、冷たい……」
 外から帰って来た晃でさえ、涼しいというよりは冷たいという感想を持つくらい、リビング兼ダイニング兼キッチンは冷え切っていた。
 晃は視線を巡らすまでもなく、リビングのテレビの前でぼうっとしている祐介を睨みつけた。
「祐介っ! お前なにやって――」
 床に放り投げられた冷房のリモコンを拾い、電源を切りつつ祐介を怒鳴ろうとして、祐介が眺めているテレビに何が映っているのかわかり、晃は思わず言葉を失くした。
 歩に借りていたDVDを、夏休みに入る前にまとめて返したはずが、なぜかテレビに映っているのはゲイのアダルトだった。
「……お前、それどうした?」
 まさか買ったんじゃないだろうなと訝るが、祐介はこちらを振り返りもせず答えた。
「歩が貸してくれた」
 祐介の返事に思わず頭を抱えて叫びたくなる晃。
(面倒なことすんじゃねぇー!)
 ただでさえ恋煩いで落ち込んでいるところに、こんなものを見せてしまえば想いは募るばかりだろう――変な方向に。
 そうっと晃が視線を下げると、しっかりと祐介のそこは反応していた。それを見て晃は頬を染めるも、すぐに何かを振り払うように首を降った。
「いいか、俺は風呂に入ってそのまま自分の部屋に戻る。30分くらいしたらここに戻ってくるからな。いいな?」
 晃の言葉の意味が理解できているのかいないのか、「おー」と気のない返事を返す祐介を見て、晃はひとつため息をつくとリビングを出た。
 そして、自分の言ったとおりシャワーで汗を流し、自分の部屋に戻っていい加減もう行っても大丈夫だろうとリビングへ行くと――
「なんでっ!?」
さっきと変わらず、テレビの前でぼうっとする祐介の姿があった。
 わざわざ時間を告げて「戻ってくるからな」と言ったのは、その間にやることやっとけよという晃の気遣いというか、忠告だったのだが、今の祐介にはそんな言葉の意味を理解しようという気力もないようだった。
 幾分、暖かさを取り戻したリビングで、祐介はそのことさえも気づかず、ただひたすら画面に流れる映像を眺め続けている。
 晃はもう一度ため息をつくと、キッチンの冷蔵庫から麦茶を出して、コップに一杯入れたそれを一気に飲み干した。途端に冷たさが体に染みこんで、晃の渇きと熱を癒していく。
 空になったコップにもう一杯麦茶を入れて、晃はダイニングのテーブルに着くと、この状況は一体どうしたらいいのかと悩んだ。
 悩みながら何気なく晃もテレビを眺めて、そこに映っている女役の男を見てドキリとした。
 華奢で、色白で、見方によれば女の子に見えなくもない、可愛い青年だった。
 思わずチラッと祐介のうしろ姿に視線をやる晃。
(たぶん、あれを……あいつと重ねてんだろうな)
 「あいつ」とは祐介の想い人のことである。もちろん晃は会ったことはない。
 以前、歩から祐介の想い人がどんな男が聞いたことがあるが、言葉の印象だけを聞けば、今テレビに映っている青年の雰囲気に近いのだろう。それを祐介は重ねて見ているのかも知れない。
(何を思ってんだろうな……)
 想い人に似てるだろうと思われる青年が、他の男に何度も犯されていき、青年は泣きそうになりながらも喘ぎ、男らの責めにあそこを反応させて善がっている。そんな青年に男の1人が「何人もの野郎に突っ込まれて悦んでるなんて、お前は本当に淫乱だな。金か? そんなに金が欲しかったのか?」と責められていて、どういう状況かはわからないが晃は、何となく歩のDVDの選定に意地の悪さを覚えた。
 それはともかく、こんな光景を見て祐介は何を思っているのだろうか、晃には推測することしかできない。
 例えば、現実にこんな場面に出くわせば、普段の祐介なら迷わず男らの腕を捻り上げて退散させていることだろう。男らに犯されることが青年にとって実は嬉しいことだったとしても、そんな場面を見せられたら――いつもの祐介なら黙っていないだろう。
 だが、今の祐介はどうだろう?
 嫌悪の表情を見せることなく、自身のものすら勃たせてひたすら見つめている。
(それほど欲求がたまってるってことなのか、あるいはただの創りもんだと割り切ってんのか……ま、ただのアダルトだもんな)
 晃は勢いよく立ち上がり、祐介の隣へ行って座ると、祐介の反応したそれをズボン越しに握った。
「なっ――晃?」
 やっと我に返ったように、驚いた表情を見せて祐介が晃を見下ろすが、晃は視線を合わせず言った。
「いいから、お前はテレビ見とけよ。とりあえず、出すもん出しゃスッキリはすんだろ。俺が出してやるから、向こう1ヶ月は出さなくても済むくらい出しとけ」
「いや……1ヶ月は――だが」
「早く済ませてもらわないと、飯も食えんからな」
 自分の部屋にテレビもパソコンも持っていない祐介は、DVDを見ると言えばリビングのテレビしかなく、それがアダルトなら同居人の晃は気を使って自室から出て来れなくなる。
 アルバイトから帰って来て腹も減っているというのに、夕飯も作れないんじゃ困るというものだった。
 それでも、まだ祐介は何かを言いかけるので、晃は黙らせようと強く握った。
「うっ」
 そしてズボンのベルトを外しジッパーを下ろすと、下着の中からそそり立つそれを引っ張り出して握る。手に余る大きさのそれを、上下に動かして扱くと、頭の上から微かに呻く祐介の声が聴こえる。
「あ……晃」
 名前を呼ばれて見上げれば、祐介が熱に浮かされたような顔でこちらを見つめているので、晃はムッとしながら空いてる方の手で祐介の顔をテレビに向かせた。
「お前はあっち見てろ」
 そんであいつのことでも考えてろよ、とは内心で付け加えておいて、晃は手の動きに集中した。自分が自慰をするときのように、自分が感じるときのように動かして、祐介の限界を誘う。
 ずっとDVDを見て勃たせていた祐介の限界は早かった。
 晃の手の中で祐介のそれが跳ねたかと思うと、勢いよく精液が放たれて晃の手と、祐介のシャツを汚した。
 晃はゆっくりと手を動かすとすべてを吐き出させ、それから立ち上がるとティッシュを取って戻ってきた。
「悪い、シャツ汚したな」
 自分の手を拭きつつ祐介にも自分で拭けとティッシュの箱を放りながら、最初からティッシュを用意しておけば良かったと思っていると、晃は自分の下半身に何かが触れるのを感じた。慌てて見れば、いつの間にか祐介の手が伸びて、ズボンの上から晃のそれを握っている。
「ばっ! 触んなよ!」
「だが、おれだけってのは……」
「俺はいんだよ!」
「……勃ってるが?」
「――っ」
 顔を真っ赤にして晃は押し黙った。
 確かに、ズボンの中で晃のそれも硬く立ち上がっている。祐介のものを見て、扱きながら自身も反応してしまったのだ。
 晃に向かい合うように座りなおした祐介が、晃のズボンのベルトを緩めながら――
「それにおれ、入れたいんだ……駄目か?」
そう懇願するように晃の顔を覗きこんだ。
(入れたい? また?)
 祐介が初めて男を好きになり、男のやり方がわからないと言って晃の体で実践したことがあったが、またそれを今度は欲求の捌け口として求めようというのだ。
 確かに、晃も気持ちいいと思ったし、何より祐介に対して片想いをしているのだから、嫌なわけがなかった。だが、その後の虚しさというのも確かにあるのだ。したくないわけではないが、理性の部分が「やめとけ」と警告する。
「晃……」
 しかし、祐介に直に自分のものを握られて、晃は何も言えなくなった。
 理性が何と言おうが、その後に後悔が待っていようが、晃も若いオスであり欲求を持て余すこともあるのだ。
 がっしりとした力強い手が、晃のものを扱いていくたびに、晃の理性が掻き消えて欲情が体を支配していく。ゆっくりと丹念に刺激され、その扇情的な手の動きを見せ付けられると、晃の気分もあっという間に高ぶっていった。
「は……あ……」
 たまらなく吐息と、そして微かに声を漏らしながら、晃は無意識に目を瞑ると祐介が与えてくる快感に意識を集中した。
 後ろに手を突いて体を支え、俯き身を硬くしてその時を待っていると、祐介の体が近づいて来ているのが気配で感じられた。
 何を? と思うも確認する余裕がなく、祐介の手がシャツ越しに晃の胸を撫でていくのを感じて晃は焦った。
「あ……なに――を?」
 思わず目を開けて見れば、祐介の空いた方の手が、晃の胸に手を這わせて尖りを愛撫していた。シャツの上からでもわかる立ち上がった小さな突起を、祐介の手が摘んだり押しつぶしたりして刺激してく。
 DVDでしか見たことのなかった愛撫に、意外なほど体を震わせて感じていることに驚き、そして女みたいに胸を弄られることに晃は羞恥を覚えた。
 晃は恥ずかしさに顔が上げられず、ずっと俯いて祐介の自身を握る手の動きを見ていたが、その指が溢れはじめた先走りをすくって、晃のそれから離れると後ろへと下がって行くのが見えた。
 何をするのか、すぐにはわからなかった晃だが――
「あっ……」
祐介の指が晃の入口にその先走りを広げると、それを潤滑油代わりにして中に侵入してきた。
 途端に、異物感だけではない刺激に晃の体から力が抜ける。
 胸を弄っていた手が肩を押すので、晃は促されるままに後ろへ横になった。すると、シャツを手繰り上げられ、直に胸を弄られるばかりか、祐介の舌で舐めあげられて晃は焦った。
「ちょっ! やめっ!」
 だが、舌で転がされ、押しつぶされ、歯を立てられ、挙句に強く吸われると、快感が晃の抵抗感を薄れさせていった。
 頭を僅かに上げて見下ろすと、自分の平べったい胸に祐介が何度も口付ける光景が見えて、晃の欲情を誘った。
 中を抉る指が増やされると、痺れた感覚の中で晃が求めたのは祐介のものだった。
 それがわかったわけではないだろうが、祐介は指を晃の中から引き抜いて、膝に引っかかっていたズボンと下着を脱がすと、晃の足を開きそこに自分の腰を割り入れた。
 すぐに晃の入口に祐介のものが触れ、最初にしたときのように「入れるぞ」という断りもなく挿し貫かれたのは、それだけ祐介も余裕がなかったからかも知れない。
 しっかりと硬く立ち上がった祐介のそれが、晃の中を割って侵入してくるその力強さに、晃は声もなく喘いで身震いした。
 約1ヶ月ぶり、2度目の挿入も、慣れることのない圧迫感に、だが晃は最初のときのように余計な力が入らないよう、気を遣いながら祐介を迎え入れた。
 挿入するときには多少ゆっくりだった祐介の動きも、欲求を持て余していたオスにはそれ以上の気遣いはできなかったのか、すぐに快感を求めて何度も晃の中を抉っていく。
「あ……あ……ゆ、すけっ」
 自分の中を挿し貫かれる刺激に、なるべく声を抑えようとする晃だが、腰を振って自分を求める祐介の欲情に、引きずられるように昂った気持ちのせいで、自然と相手の名を漏らしてしまう。
 気がつくと晃は自分で自分の脚を持って祐介を迎え入れるという、あとから考えれば羞恥を覚えるような格好で、祐介の与えてくる刺激を必死に受け止めていた。
 指で解していたとはいえ、初めこそ抵抗のあった挿入も、次第にスムーズになり微かに湿った音もさせ始めた。そうして繰り返される抽挿に、放っておかれている晃のものから再び先走りが溢れ始め、晃はたまらず自分で自分のものを握った。
 祐介に後ろを犯されながら、晃は自分のものを何度か扱くと――
「はぁ……あ……ああっ!」
手の中のものが脈打つのを感じつつ、自分の腹に精液を吐き出した。
 そして、その刺激が後ろにも伝わったのだろう、祐介も一瞬身を硬くして呻くと、晃の中で射精した。
 熱い精液が自分の中に放たれるのを感じて、晃は思わず眉間にシワを寄せた。射精後の余韻を味わう間もなく、晃の胸のうちに後悔の念が沸き起こる。わかっていたことではあったが、自慰のあとの虚しさのような虚脱感に襲われた。
(やべ……泣きそ)
 そんな晃の気持ちを察したわけではないだろうが、祐介が自身を晃の中から引き抜くと「すまん」と謝ってきたので、晃は半身を起こし表情を取り繕った。
「何が?」
「いや、またおれ晃を――」
 項垂れる祐介を見やりつつ、晃は自分と祐介の精液を処理し服を整えると、未だズボンのチャックを開けたままの祐介に向き直った。
「別にいンじゃないの。2人でやるオナニーみたいなもんだからさ」
「……オナニー?」
 晃の言葉にきょとんとした表情をして祐介が顔を上げる。その視線をわざと外して、何気ない様子で続ける。
「そっ。欲求不満顔で家ン中うろうろされても困るし、俺も別に嫌じゃないし」
「――そうか?」
「溜めとくのも精神的に不衛生だしな。でも、たまには自分でしろよな、っていうか普通は1人でするもんだけどな」
 言って、軽く息を吐くと晃は立ち上がった。
 夕食の準備に取り掛かろうとして、晃はふと気づいたことを口にした。
「そういやお前、次やるとしても胸触んのは無しだからな」
「え……嫌だったか?」
 やっと服を整えて祐介が不思議そうな顔をするが、「嫌だったか」と聞かれて正直に答えるのも恥ずかしいと、晃は顔を赤くして返す。
「そうじゃなくて、恥ずかしいんだよっ! 女になったみたいで」
「……でも、気持ちよかったろ?」
 純粋に、本気で聞いてくる祐介に、何を言ってもダメだと晃は背を向けると愚痴った。
「まったく、余計なことを覚えやがって。アダルトの真似なんかしなくていンだよ」
 だが、何気なく言ったぼやきに返ってきた祐介の言葉が、思わぬ衝撃となって晃の脳を揺さぶった。言葉を変えると、それはショックというものだった。
「いや、あいつが教えてくれたんだ」
「あいつって……?」
「密だよ。おれが好きな人」
 晃は言葉もなく立ち尽くした。それに気づいた様子もなく祐介が続ける。
「アダルトでも確かに見たな。本当に気持ちいいのか疑問だったが、密に教えられて気持ちいいってわかった」
 どこかはにかみながら嬉しそうに言うのは、その密という想い人と過ごした一夜のことを思い出したからだろう。
 晃は自分の顔が引きつってくるのを感じ、慌てて冷蔵庫を開けると「あっ」と声を上げた。
「マズい、材料が足んねぇ」
「え、ある物だけで作ればいいんじゃないか?」
「いや、いくない。俺、買ってくるわ」
 「じゃあおれも」と言い出しそうな祐介を振り切って、晃は部屋から財布を持ってくるとアパートを飛び出した。
 近くのスーパーへ自転車を走らせて、アパートから離れたところまで来ると止め、ハンドルに置いた手に額を押し当てると――
(俺のバカヤロー……)
そうぼやいて少しだけ泣いた。
 晃はずっと祐介が好きだったが、祐介には好きな人がいる。ただ、その好きな人には容易に会うことが出来ず、募る想いに欲求が溜まって、晃はその処理に付き合っただけなのだ。
 それはわかっていたはずなのに、晃は祐介の言葉を聞いた途端、腹が立った。
 晃が祐介に想いを寄せてるとは知らないだろうが、そんな自分に気遣うこともなく、他の男に教えてもらったことを実践したなどと言い、それに晃は傷つけられた。
 だが、それは言い換えれば祐介はまったく晃の想いに気づいていないということの確信で、密という男のことで頭がいっぱいだということなのだ。
 さらに言えば、晃は祐介が自分を親友としてしか見ていないことも知っていたし、祐介に好きな人ができたことも当初から知っていたから、こうなることはわかっていたし、わかっていたはずなのに傷ついてしまう自分が腹立たしかった。
(今、きっと俺女々しい顔してんだろーな……)
 晃は顔を上げると涙を拭いて、再びゆっくりと自転車を走らせた。
 祐介が今後もあんな状態になることがあるなら、また今日のように体を重ねることがあるかも知れない。晃は傷つきながらも、それを期待する自分がいるのに気づいて自嘲した。
(自業自得だな……)
 少し赤くなった鼻をすすりながら自転車をこぐと、目の前にスーパーが近づいてきて、晃はやっと何を買おうかと考えを巡らせた。

2010.05.04

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