冬。僕はきみの傍に、

19.ろくでなし

 ここからは15禁です。
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「ふざけんなっ!」
 顔を真っ赤にして速水はそう怒鳴ると、宗太から手渡された“それ”を箱ごと床に叩きつけ、おまけとばかりに足で何度も踏みつける。
 しかし、今速水がいる場所は室内なので靴を履いていない。靴下の足では箱の中身を破壊するまではいかず、いたずらに箱だけが惨めに歪んでいく。
 その箱を手渡した宗太はといえば、慌てたような悲しげな顔でオタオタと、崩れていく箱とそれを足蹴にする速水を交互に見ながら立ち尽くしていた。
「いいか、二度とこんなもん持ってくんじゃねぇ! わかったな!」
 気の済むまで箱を踏みつけると、速水は赤い顔のまま宗太を睨みつけて再び怒鳴った。怒鳴られた宗太は、何か言いたげな様子ではあったものの、速水の形相に怯えてか小さくうなずくと、それでも惜しげな視線を無残になった箱に落とした。
 宗太が頷くのを見て少しは怒りが収まったのか、速水は大きなため息をついて、部屋に入るときに脱いで放っていたジャケットを拾った。それを視線で追っていた宗太が驚いた声を上げる。
「か、帰るんですか!?」
 ともすると絶望を感じさせるほど動転する宗太を眺めながら、速水はこの男をどうしたものだろうかと考え込んだ。
「せっかくのクリスマスなのに……」
 速水は気のせいだと思いたかった。悲しげに呟く宗太の目に涙さえ浮かんでいるなどということは。
「あのなぁ、お前が変なもん買ってくるからだろ」
 速水はそう言いながらも、もう二度と見たくないと思っているのだが、自然と視線は床に無残な姿をさらしている箱に行ってしまう。
「もうっ、もう買って来ませんから! だから――」
 必死で訴える宗太をこれ以上突き放そうものなら、足にしがみついてでも引き止められそうで、速水はもう一度ため息をつくと再びジャケットを床へ放った。
「絶対だからな」
 そう念を押してからベッドに腰掛けると、「誓います」と言いながら宗太も速水の横に座る。そして、宗太の顔が近づいてくるのに合わせて速水は目を瞑った。

 “クリスマス・イブ” が “クリスマス”に変わる深夜まで、速水と宗太はベッドの中で時間を過ごした。
 クリスマスなどという普段と少し違う日は、いつもだったら速水は仲間と騒ぐかセックスフレンドだった恭輔という男と過ごすか、そのどちらかだった。だが、つい最近その恭輔とは関係を解消することになったので、今年は暇そうな仲間を集めてオールでもするかと考えていた。
 ところがその後、強引に宗太に押し倒されてから流されるまま恋人同士になり、初めてのクリスマスというイベントを迎えるので、速水が宗太にいつもはどうクリスマスを過ごしているのか何気なく聞いたところ――
「バイトかひとりですね」
という答えが帰って来て、速水は何とも言えない気持ちになった。
 速水が高校の頃から――宗太は中学生の頃から――親分子分みたいな関係を持っていて、速水も速水なりに宗太を可愛がってはいたが、基本的に宗太が速水を慕い速水にくっついてくるというような一方方向の付き合いだった。
 速水が他の仲間といるときには宗太も遠慮していたし、どうも宗太は親しい友人を作るのが苦手なようで、速水と一緒にいる以外はひとりでいることの方が多いらしい。
 宗太の返答にその一端が見えてしまって、さらに期待に満ちた宗太の表情に速水は無視することができなかった。
 そういう経緯で、今年のクリスマスは宗太と2人で過ごすことになったのだが、速水自身はそのことをそれほど特別視してはいなかったから、宗太へプレゼントを買うという発想はなかった。今までだって誰かにプレゼントを贈るなど、クリスマス以外のイベントも合わせて数えるほどしかしたことがない。
 しかし、宗太にとっては特別だったのだろう、プレゼントを用意していた。
 キレイにラッピングされた箱を見て、些か速水は申し訳ない気持ちになったのだが、宗太に促されて箱の中身を見た瞬間、速水は頭に血が上ったのだった。
 箱の中には、さらにプラスチックケースに入った棒状の何かがあった。棒状ではあったが真っ直ぐではなく、小さな丸い玉が連なったような形をしていた。ケースには「ア○ルビーズ」と書かれてあった。
「これは、なんだ?」
 怒りを抑えた声で聞くと、速水の様子に気づいていないらしい宗太が無邪気な声で答えた。
「大人のオモチャです」
 それに速水の怒りが爆発し、箱ごとそのオモチャを床に叩きつけ踏みつけた――という次第だった。
 速水は大人のオモチャと言われるアダルトグッズが嫌いで、そういうもので遊ばれることに嫌悪すら覚えた。過去にオモチャで嫌な経験があったという訳ではないが、無機物のものを体に入れられる怖さと、何より相手に弄ばれてる感じが受け付けなかった。
 そのことを宗太が知らなかったのは仕方ないとしても、なぜいきなりオモチャなど買ってきたのか、速水はそれが不可解で仕方ない。ただ、だからといって自分からオモチャの話題を持ってくるのも嫌で、速水はあえて気にしないことにした。

 仲直りのセックスを終えて速水がバスルームへ向かおうとしたとき、床に潰れていた箱を引き出しにしまっていた宗太が、思い出したというように声をかけてきた。
「そうだ。良かったら今からカズ兄の家に行きませんか?」
「一也さんの?」
 唐突の提案に思わず問い返しながら、速水は宗太が「カズ兄」と呼んだ男―― 一也の姿を思い出した。
 高校の頃に宗太と知り合ってから、何度か宗太の実家にも行ったことがあり、宗太の兄である一也とも数回会ったことがある。といっても、速水が高校を卒業する前に一也は実家を出て1人暮らしを始めたので、それから4年ほど会ってはいない。
 ちなみに、宗太にはもう1人高次という兄がいるが、そちらも高校の頃に数回会ったきりで、ここ4年ほどはやはり会ってない。
 そして、長男の一也、次男の高次は血の繋がった兄弟だが、その2人と宗太とは血のつながりはない義兄弟だと速水は聞いている。とはいえ、そうとは思えないくらい本当の兄弟のように仲がいいように、速水には思えた。
「迷惑じゃないのか?」
 速水の視線が時計を探して部屋を彷徨うが、宗太の部屋に壁掛け時計はなかった。最終的に視線はベッド脇にある目覚まし時計で止まる。時刻は深夜1時を過ぎようとしていた。
「大丈夫ですよ。この間カズ兄が誘って来て、行くかわからないって言ったら、何時でもいいよって言ってたんで。カズ兄、最近お菓子作りにハマッたらしくて、ケーキ作ってるらしいんですよ」
 甘いものが好きな速水は、ケーキという言葉に大いに食指が動かされた。「カズ兄に聞いてみます」と宗太が携帯を取り出したのを見てからバスルームへ向かった。
 シャワーで軽く汗と他もろもろを流してから部屋に戻ると、一也からは「OK」という返事をもらったと言って、今度は宗太がバスルームへ消える。
 宗太がバスルームから出てくると、早速一也の家に向かうことにした。初めは速水のバイクで2人乗りで行こうとしたが、一也の家の場所が分からなかったので宗太のバイクで行くことになった。
 宗太が住むアパートからは30分ほどで、それほど遠くない場所に一也の家はあった。実のところ行く先はアパートかマンションだろうと速水は予想していたが、宗太のバイクが止まったのは二階建ての一軒家だった。
 バイクを降りながら「賃貸か?」と訊くと、否という答え。暗がりでよく見えなかったが、新築という感じではなかったから中古なのだろう。
 宗太から一也が引っ越しをしたというような話は聞いたことがないが、確か一也が1人暮らしを始めたときはアパートに引っ越したと聞いていたので、その後何年か経って買ったのだろう。中古にしても簡単に買える額ではないから、それだけでも堅実な性質なんだろうということがわかる。
 数回会った程度の印象では、いつも柔らかな笑みを浮かべた、少し頼りなさそうな男だったと速水は記憶していたので意外だと思った。
 そんな感想を持ちつつ速水は促されるまま玄関に入ると、「来たよー」という宗太の呼びかけに奥の戸が開いてひとりの男が現れた。
「いらっしゃい。寒かったろ」
 中肉中背の優男風の男―― 一也が、やはり速水の印象のままに笑みを浮かべて2人を迎えた。
「速水くん、久しぶりだね。ますますいい男になって」
 中年の女性が言いそうな言葉に、思わず速水は噴出しながら、だがそのおかげで4年ぶりという緊張はどこかへ行ってしまった。
 一也に案内されてリビングへ行くと、酒を酌み交わしていたのだろう、赤ら顔をした高次がいて、速水を見るとやはり「久しぶりだな」と言って迎えた。
 「好きなところに座って」とキッチンへ向かう一也に促され、1人掛け用ソファには高次が座っていたので、速水はジャケットを脱ぐと2人掛け用ソファに座った。宗太もその隣に腰掛ける。
「そういや2人一緒っつーことは、お前ら付き合ってんの?」
 予め用意しておいたらしい、新しいグラスに高次がシャンパンを注ぎ、速水と宗太に「飲め」と勧めたあとで、ふと思い出したように訊いてきた。
 速水は一瞬、その問いにどう答えるべきかと戸惑ったが、それにはお構いなしに宗太が満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん、そう! オレたち付き合ってんだ!」
「んだよ。それならそうと報告のひとつもしやがれ。一応どうなったか気になってたんだからな。まぁでも、おれの言った通りだろ? 一発やりゃ落ちるって」
 下品な笑みを浮かべながら言う高次の言葉を、シャンパンを飲みかけた速水が聞きとがめた。
「どういう意味だ?」
 問いつつ宗太を見ると、引きつった笑みを浮かべて固まっていた。代わりにというわけではないだろうが高次が答える。
「こいつがな、お前のことが好きだがどーしたらいーかわからんっつって相談してきたんで、一発やりゃいーんだよって教えてやったんだ」
 再び速水が宗太に無言の視線をやると、冬だというのに宗太は大量の汗をかいていた。
 ほどよく酔っているのだろう、高次が続ける。
「嫌がったって強引にやっちまえば、ほだされたりすんだろ。でも、相手は自分より強いから無理だっつーから、仕方なくおれが薬を――」
「高兄っ!」
 高次の言葉を宗太が遮るが手遅れだった。
 いつ頃からかは分からないが、宗太は速水に好意を持っていたが想いを告げられなかった。それを兄である高次に相談したら「一発やればいい」というアドバイスをもらった。だが、速水に拒否されようものなら、たとえ強引にことを進めようとしても、速水の方が強いから無理だと宗太は思った。そう言ったら高次が相手を動けなくする薬を持ち出してきた――と、そういうことだろう。
 確かに速水はあの薬がどこから出てきたのか不思議には思っていた。それがまさか、宗太の兄から持たされたものだとは思わなかったが。
(なんつー兄貴なんだ……)
 思わず半眼で高次を見つめていたが、速水の視線に気付きながらも高次はフンと鼻で笑って受け流している。
「今の話だけど――」
 やおら緊迫しかけた空気に割って入ったのは一也だった。手に持ったトレイにケーキを乗せて、リビングのローテーブルに並べていく。
 ケーキは一也が作ったのだろう。店に売っているような美しさはないが、色とりどりのフルーツがたくさん乗った手の込んだケーキで、時間と労力をかけたことが窺える。
「宗太と速水くんが付き合ってるって言ってたけど、男同士なのに?」
 少々驚いたような顔をして訊ねてくる一也に、速水こそ驚いてまじまじと見つめてしまう。
 ゲイという存在がいるということを、知らない人間がいてもおかしくはないかも知れないが、高次と宗太という弟がいるにも関わらず知らないということが信じられなかった。
 高次は昔からよく実家の部屋にも女を連れ込んでいたし、宗太の相談に乗っていたっていうことはゲイの知識もあったんだろう。宗太は宗太でどうも生まれながらのゲイのようだし。そんな2人の弟がいて、長男である一也に知識がないとは。
 信じられないのは宗太も高次も同じだったようだ。一瞬、呆れたような顔で一也を見つめて、そして軽いため息をつく。
「そうだけど……カズ兄、もしかして同性愛って知らないの?」
「兄貴、三十路間近でそりゃねぇだろ」
「え? なに?」
 あまり年齢は関係ないんじゃないかと、ふと速水は思ったが口には出さず、兄弟の会話を聞きながら出されたケーキを食べることに専念することにした。
「でもカズ兄は奥手だよな。男と経験はないにしても女と寝たことは?」
「ちょっと待て。兄貴のそういう話、おれはあんま聞きたくねぇぞ」
「いーじゃん。オレは聞きたい。で、カズ兄経験は?」
「う〜ん、女性と関係を持ったのは一度だけだな」
「いつ? どこで? どんな風に?」
「大学生のときにサークルの飲み会があって、そのあと女性の先輩に部屋に来ないかって誘われたんだよ」
「じゃあ、その先輩の部屋で!?」
「うん、そう」
「へぇ〜、それで、そのあとは? それ1回きり?」
「うん。終わったあと『下手』って言われてそれっきり」
「げ……」
 と、これは速水。
「いやぁ、よく分からないまま終わっちゃってさ。恥ずかしい」
「あのぉ……エロ本とかAVとか見たことないんですか?」
 横で聞いていた速水がつい訊ねると、一也ははにかみながら頷いた。
「うん、見たことないな。興味ないわけじゃないけど」
 するとなぜか宗太が物言いたげな視線を高次に向ける。
「高兄……」
「いや、おれに言われてもな」
 最もな意見だが宗太はそう思わなかったらしい。責めるような視線で高次を見つめていたが、ふと何かに気づいたように手を打った。
「あ、じゃあ今から見よう! オレ借りてくる!」
 ケーキにも手をつけないで宗太は立ち上がると、誰の返事も待たずにジャケットを引っ掴み家を出て行った。
「え〜……」
 残された速水は帰ることもできなかったが、「たくさん作ったんだよ」と言って一也が出してくるケーキを平らげ、至福を覚えたところでつい眠気が襲ってきた。考えてみれば深夜を過ぎていて、ここに来る前はベッドの上で長いこと宗太に体を酷使され、それで満腹になって眠くならない方がどうかしているというものだった。
 そんな速水の様子に気づいた一也が、2階の部屋で寝てきていいよと言うので、速水はその厚意に甘えることにした。
 2階の寝室のベッドに横になり、だが仮眠程度にしておこうと思って、1時間ほど経つとアラームがなるように携帯をセットしてから速水は眠りに落ちた。

 1時間後アラームは鳴ったが、眠気の方が勝って速水はすぐに起きることができなかった。
 アラームにはスヌーズ機能があり、アラームを消しても5分後に再び鳴るようになっていて、鳴っては消してを何回かくり返すとようやく速水は起き上がれるようになった。改めて携帯の時刻を見ると、最初にアラームが鳴ってから30分近く経っている。
(1時間30分くらい、寝たか?)
 それでも眠気はなくならない。宗太を急かして早く帰ってゆっくり寝よう、そう思いながら寝室を出て1階へ降りると、リビングからはっきりとした女性の声がして、思わず速水は足を止めた。
 女性の声は言葉にならない声で、つまりは喘ぎ声だった。
(そういえば宗太がAV借りてくるって言ってたな)
 AVを兄弟3人で見てるのかと思いながら、速水は何気なくリビングの戸の前に立って耳を澄ませた。
 廊下まで聞こえるほどテレビの音は大きかったが、耳を澄ませると兄弟3人の会話も確かに聴こえてきた。
「どう?」
 と誰かに――たぶん一也にだろう――訊ねたのは宗太だった。
「うん、すごいな」
 単純明快な返事をしたのは、やはり一也だ。
「あんなの、まだまだだぞ」
 何がまだまだなのか分からないが、そう言ったのは高次である。
「あの道具みたいなのは何?」
「オモチャだよ。大人のオモチャ」
 一也の質問に宗太が答える。それを聞いて速水は、数時間前に見た箱の中の“あれ”を思い出して嫌な気分になった。
 だが、それでも一也にはピンと来なかったらしい。
「大人のオモチャ?」
「兄貴、今見てただろ。棒とかちっこい丸いのとか。あれを性感帯に押し付けたり、穴に突っ込んだりして攻めるんだよ。振動したりスイングしたりして、入れられてる方は気持ちよくなんの」
「へぇ〜、そうなんだ」
「オレ、オモチャ使ってみたいんだけどな」
 呟いたのは宗太だった。
「速水くんに?」
「うん」
「使えばいーじゃねぇか」
「拒絶されたんだ。すごい怒られた」
「じゃあまた薬使うか」
 そう言って下品な笑い声を上げたのは当然高次だ。
「ビデオ見る限りじゃあ気持ち良さそうだもんね。使ってみたら意外に速水くんもハマるかも知れないよ?」
「そうかな、そーしようかな」
 兄弟の会話を聞きながら速水は沸々と怒りが沸き起こるのを感じた。
(こいつら兄弟って――)

2010.09.08

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