冬。僕はきみの傍に、

18.親分子分

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 速水が宗太と出会ったのは、まだ高校2年のころだった。
 学校帰り、いつもの仲間とつるんで街を練り歩いていると、同じような集団と出くわして、今では何がきっかけなのか分からないほど、くだらないことで喧嘩が始まった。
 人数では速水の方が不利だったが、負ける気はまったくしなかった。
 終わってみれば立っていたのは速水やその仲間だけで、相手は地面に倒れ、あるいは座り込んでいた――という有様だった。その、喧嘩相手の中に宗太はいた。
 喧嘩相手集団のリーダーである男の、弟だか親戚だかだったと速水は記憶している。
 当時、宗太はまだ中学生だった。

 後日、授業が終わって速水が校門から出ると、待ち伏せていたのだろう宗太がいた。
 「ちょっといいッスか」と声をかけられたときは、相手が誰なのか全く分からなかったが、頬に貼られたシップや切れて痛々しそうな唇を見て、やっと速水は思い出した。
 思い出した途端に険しい表情を作る。喧嘩後のお礼参りとはよくあることだ。
 ところが、どうやらお礼参りが目的ではないようだった。
 そんなことは相手の表情を注意深く見れば分かることだったが、そうと気づく前に突然、目の前の少年が頭を下げてきたので、それで相手の目的は別のところにあると速水は知った。
 傷だらけの少年が自分に頭を下げるという光景に、思わず周りの視線が気になるが、と言って他人の視線を気にするような気の弱い奴と思われたくなくて、そんなことなどおくびにも出さず、ただ目の前の少年の下げられた頭を睨みつけた。
「先日はすいませんっした!」
 黙って彼を見下ろしていると、相手はそう言ってから頭を上げた。そして、まっすぐに見つめてくる目は真剣に、彼は再び口を開いて言った。
「オレを弟子にして下さいっ!」
「……はぁ?」
 それが速水と宗太の出会いだった。

――あの頃は今よりももっと馬鹿で、力ももう少し弱かった気がする……それに、背は俺より低くて今ほどゴツくもなかった。
 頬が触れ合うほど宗太の顔を間近で見ながら速水は思う。
 何の前触れもなく宗太が速水に襲い掛かり、絨毯の床に速水は押し倒されたのだった。
 体は動かなかった。
 全身が、意識が、痺れたように動かないのだ。
 どうやら薬を盛られたらしい、と気付くにはすでに手遅れの状態で、今は宗太にされるまま素肌をさらけ出していた。
 そもそも、宗太が「オレがコーヒー淹れます」と言い出したときに気づくべきだったのかも知れない。
 不器用で家事など生まれてこのかた一度たりとてやったことのない宗太が、自分からコーヒーを淹れるということなどあるはずがないのだ。やるとすれば1リットル入りのペットボトルからコップへ飲み物を注ぐくらいだ。
「……ぁっ!」
 押し倒されてからずっと黙考していた速水の口から、思わずというように声が漏れた。
 耳や、首筋や、そういった所の愛撫はそこそこに、性急に宗太は速水のものに手を伸ばした。
 室内の暖かさや、速水自身の体の熱さとは逆に、先ほどから体に触れるたびに感じる宗太の冷たい手が、男の急所に触れてきたため咄嗟に速水は震え、声を洩らす。
 冷たい手で愛撫されながら、速水はその冷たさの意味を考えた。考えたと言って答えは簡単だ。季節は冬に向かっているが、こんなに手が冷たくなるほど室内が冷えているわけではない。
 たぶん、緊張から来るものなのだろうと速水は思った。心なしか触れてくる手も震えているような気がする。
 そう感じ取って速水は、宗太の愛撫に時折喘ぎながら、宗太のことを思った。
 まるで追いつめられたような、あるいは思いつめた末の乱暴な行為の理由は一体何なんだろうか?
「んんっ!!」
 速水のものを愛撫していた手が離れ、今度は後ろの入口から指が速水の中へ入ってくる。今まで男と関係を持って来た速水には慣れた感触だがしかし、それを宗太にされているということに少なからず違和感を覚える。
 確かに自分と宗太は親しかったと、速水は少しだけ過去を振り返った。
 高校のころ、宗太から「弟子にして下さい」と頼まれて、喧嘩に師匠も弟子もあるかと思い、承諾はしなかったもののそれからよく一緒にいるようになった。
 一緒に居るというよりは宗太が速水に付きまとうと言った方がいいかも知れない。
 鬱陶しいと思う時期はあったものの、純粋に自分に憧れているのだということを知って、速水自身も悪い気はしないので突き放したりはしなかった。
 宗太が速水と一緒に居るようになってから、宗太は以前の仲間との関係を断ったようだが、そうかと言って速水の仲間とつるむこともせず、速水と居る以外は1人で過ごすことの方が多いようだった。
 そういうところも速水の気に入った。
 自分に同性のセックスフレンドが居ると知っても、驚いたようだったが軽蔑したり離れて行ったりはしなかったから、宗太の思いはそこから動くことはないのだと――ずっと自分のことを憧れの対象として見てくれているのだと、何の根拠もなしに速水は思っていたのだ。
「ああ……そう、たっ!」
 速水の中の指は2本に増やされ、更に速水のものは宗太の温かい口の中にいた。
 二重の快感に速水は身もだえ、喘いだ。動かない体がもどかしい。
 イきたい、その続きが欲しいと思うのに、それを要求する相手が宗太だということに、速水はこれ以上ない戸惑いを覚える。
 二つの感情の板ばさみに、体や意識が痺れて動かないのはその所為かと思うような錯覚さえ速水は感じてしまい、高まる感情は空回るばかりだ。
「そ……あ、宗太っ……そ、た――あっ!」
 昂ぶる感情を抑えられず、かと言って体は動かず、宗太に「イかせてくれ」とも言えず、気がつくと速水はただただ宗太の名前を繰り返していた。
 ふいに快感が止んだ。目を閉じていた速水だったが、宗太の体が自分に覆いかぶさってくるのが分かった。目を開けると目の前に宗太の顔があった。
 お互いの視線が絡み合い、時が止まった。速水の入口にあてがわれた宗太のものは、そこから先へ進もうとはしなかった。
 宗太の表情に苦痛の色が広がる。自分の行為への嫌悪と、速水への申し訳なさと、だろう。
 自分からやって来たことだろ、そう速水は内心で呟いたが、宗太の気持ちの分からないこともなかった。
 すでに押し倒されてはいるものの、この先の一線を越えてしまうともう今までの関係には戻れない。ここで留まれば、完全にではないにしてもまだ修復は出来るだろう。だが、この一線を越えてしまえばあとは――。
 セックスフレンドなどという関係は、速水と宗太の間には成立しない。
「速水さん……」
 宗太の顔が歪んで泣き顔になる。
 自分で起こした行動に、自分で苦しみ、また傷つき、そして速水との今までの関係を崩してしまったことに後悔し、思わず涙を浮かべる――そんな無茶苦茶な宗太を、このとき速水は無性に愛しく思った。
 そして揺れる宗太の瞳をしっかりと見つめ返して速水は言った。
「宗太、いいから……来い」
「――速水さんっ!」
 速水の言葉に一瞬、驚いた表情をした宗太だったが、受け入れてくれるのだという喜びに、途端宗太は性急になった。
 我慢していたものをすべて吐き出すように、がむしゃらに速水を抱いた。何度も速水の名を呼びながら、何度も速水の中を犯した。
 どれくらいかして昂ぶりが弾けるように、宗太は速水の中でイッた。同時に、速水も背を仰け反らせながら宗太の手の中で射精した。
 しばらく、乱れた息を整える2人の吐息だけが聴こえる。
 心地良い開放感に速水は、思ったほど悪くないと思い始めていた。初めは宗太との関係に戸惑っていたが、一線を越えてみれば意外なほど違和感も嫌悪感もなく、あるのは心地良い倦怠感だった。
 宗太は――と思い速水は、まどろんで閉じていた目を開くと、自分に覆いかぶさる宗太を見上げた。宗太は未だ射精後の余韻に浸っているのか、速水の中に自分のものを入れたまま、のぼせたようにぼうっとしていた。
 思わず笑んで速水は宗太の頬に手をやった。宗太と視線があって、速水は上半身を少しだけ持ち上げた。その意を察して宗太も体を寄せてくる。顔が間近に迫って、2人は口付けた。
 最初は探るように、そして深く。
 濡れた音をさせて唇が離れてから、速水は宗太と口付けしたのはこれが初めてだと気づいたのだった。
 ほぼ同時に「あれ」と宗太も何かに気づいた。
「速水さん、動けるんですか?」
 きょとんとした表情で訊く宗太に速水は幾分呆れた。
「どれぐらいの効き目かも分からず使ったのか? もうとっくに動ける」
 返す言葉もないというように押し黙る宗太に、更に速水は続けた。
「それで? いつまで入れてんだ。早く抜け」
 ところが、何故かその言葉に反応するように、速水の中で宗太のものが硬さを増す。
「お、おい……」
「すみません、速水さん……もう少し――」
 言いながら再び、宗太が速水に覆いかぶさって腰を揺らし始めた――。
 また、呼び起こされる快感に速水は感じながらも、自分の中にある宗太のものの硬さに、些か辟易した。3年と言えどもこれほどに若さが違うのか。
「カンベンしてくれ……」

 結局その後、時間をかけて2度もイかされて、やっと速水は宗太から解放された。
 自分の上から宗太がどくと、速水は上半身を起こした。盛られた薬のせいか体はいつもよりだるいし、腰も痛い。さらに後ろの穴から白濁の液が出てきて気持ち悪く、速水が思わず恨めしそうに宗太を睨んだというのも仕方のないことだった。
 もの言いたげな速水の視線に宗太は動揺した顔を見せた。
「あ……あの、すみません」
 小さくなって謝る宗太に、速水はひとつため息をついて言った。
「お前さ、本当に俺のこと好きなのか?」
 薬は盛るし、何気に乱暴に扱われてるようで、どうも疑わしく思えたのだが。
「好きです!」
 即座に返されて速水は言葉に詰まった。次の言葉が見つからず黙っていると、宗太が続けた。
「オレ、ずっと速水さんのこと尊敬してました。憧れてたんです。でも、それだけじゃないって最近気づいて――でも、速水さんはオレのこと……。だから、最初で最後のつもりで――」
 速水の前に正座して俯きながら告白する宗太を、速水はただじっと見つめた。速水も宗太を可愛い後輩だと思っていたように、やはり宗太も速水とのことをつい最近まで憧れ以上には思っていなかったのだ。
 そして、速水もつい先ほどまで宗太との関係など有り得ないと思っていたが。
「んで? これで最後にするつもりなのか?」
「っ!――嫌です!」
 速水の言葉にハッとし、しばらく沈黙していた宗太だったが、真っ直ぐに速水を見詰めるとキッパリとそう言った。
「お前、自分で言っておいて……」
「確かにオレ、速水さんに酷いことしました。自分もこれで最後だって覚悟してたつもりでした。でも、やっぱり嫌なんです! 速水さんとずっといたいんです!!」
 真剣な表情で言われ、速水も宗太を見つめ返すとしばらく沈黙した。
 頭の中でいろんな思いが駆け巡るが、それらはどれもすぐに通り過ぎて行き、残ったのは速水自身も今宗太と会えなくなるのは嫌だ、という思いだけだった。
 そんな自分の思いを知って速水は、ひとつ大きく息を吐いた。
「次から薬盛るのはナシだからな」
「……それって――」
「オレもそろそろ決まった奴見つけようと思ってたとこだし、お前で我慢してやるよ」
 仕方ないというような口調で言ってから宗太に視線をやると、見る間に宗太の表情が輝きだして速水に抱きついてきた。
「速水さんっ、オレ――オレ、好きです!!」
「分かった、分かった」
 強く抱きしめてくる宗太の背中を軽く叩きながら、少し早まったかもなと速水は早々に後悔し始めていた。
 理由は抱きしめられて痛む腰にある。
 若い性欲に自分の体が持ちこたえられるだろうかと、速水は今から不安に思うのだった。

2010.08.31

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