冬。僕はきみの傍に、

11.どうしようもない

 ここからは15禁です。
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 高級そうなホテルの一室、そのベッドの上に密は力なく横たわっていた。
 服は一切身に付けておらず、肌にはうっすらと汗が滲んでいたが、それ以外の白濁の液が密の体を汚していた。それどころか、所々には赤くなった痣すら見える。
 ベッドの傍には男が3人、やはり半裸の状態で立って密を見下ろしていたが、ことは終わったのか満足気な顔をして脱ぎ捨てた服を拾っている。
 密の肌を汚す白濁のそれも、痣も、この男らが付けたものだというのは一目瞭然だった。
 未だに荒い息をつき辛そうにしながら、それでも密は気丈にも男らを睨み上げた。
「こんなことして、ただで済むと思ってるの」
 根拠のない脅しと知ってか、男のひとりが鼻で笑った。
「お前が言ったんだぞ。金を払ったらなんでもするってな」
 そう言って男の一人があてつけるように、財布から金を出すとベッドの上にばら撒いた。数枚が密の体の上に落ちて屈辱心を煽る。
 確かに自分は男娼を名のり、金を払えば何でもすると言ったが、こんな扱いをされる謂れはないはずだった。
 自分を抱きたければ金を払う、金が欲しければ体を差し出す、そういう対等な立場だと思っていた。
 なのに――
「僕は嫌だって言っただろ!」
 断る権利もないなどと、そんなことがあっていいはずがない。だが、
「好きな奴でもできたのか?」
と別の男が言う。いつか密が「リオさん」と呼んだ男だった。
 リオの口調は静かだったが、密に衝撃を与えるには充分だった。
 驚いて口が利けなくなった密の傍へリオが近づく。そして、いつになく冷たい視線が密に注がれた。
「知っているよ。祐介とかいう男だろう?」
 心の中で何度も呟いた名を、知っているはずはないと思っていたリオから聞き、密はさらに驚愕した。
「な……んで……?」
 呟く密の傍の、ベッドの端に腰掛けてリオは表情を変えないまま、だが優しく密の頬を撫でた。
「好きな奴でもできたんじゃないか、と歩が言っていたと聞いた」
「歩さんが……」
「それ以上は言わなかったらしいが、それを聞いて調べたんだよ。お前の行動をな。そしたらBARの店員が見ていた。以前、歩と一緒に来ていた男が、別の日に1人で来てお前を買って行ったと」
「……」
「詳しく相手の特徴を聞いて、歩の大学へ行って捜した。歩と一緒に来ていたということは、学友だという可能性が高いし、歩が何か知ってそうだったんで、近くに居ることが多いんじゃないかと思ってな。そうしたら、居たよ。そいつがな」
 リオはそこで間を置くと密に顔を寄せた。
「びっくりしたよ。以前、お前に絡んでた男じゃないか。抱きたいのに金が払えないとか、デカイ図体のくせにはっきり物を言わない、あの見掛け倒しの貧乏学生」
 密は思わず唇を噛み締めると男を睨んだ。それを見て、リオが初めて笑みを見せた。
「なんだ、怒ってるのか? だが本当のことだろう。まったく見掛け倒しだったよ、なぁ?」
 後半は後ろにいた男らに言って、男らもいやらしい笑みを浮かべながら「ああ」と頷いた。それを見て密は血の気が引いた。
「まさか……あの人に、何かしてないだろうね!?」
「ああ、もちろん。してやったさ」
「っ!」
 リオの返答に密は頭に血が上り、罵声を浴びせてやろうと口を開いたが、すかさずリオに乱暴に首を掴まれ何も言えなくなる。リオの顔が限界まで近づき、間近で睨みつけられた。
「一体、お前に幾ら払ったと思ってんだ? 今さら、俺らから離れられると思うなよ」
 そういうリオの目に狂気じみたものを感じ、怒りというよりは恐怖を覚えて密は言葉を失った。
 そんな密の反応に満足したのか、リオはまた笑みを見せると密から離れて立ち上がった。そして、財布から札を取り出すと、別の男がしたようにベッドの上にばら撒いた。
「次断ってみろ。祐介とかいう男、今度は外を歩けないようにしてやる。わかったな?」
 返事もできず愕然とする密を残して男らは部屋を出て行き、残された密はシーツに顔を埋めると力なく涙した。

 次の日、密は1日絶望的な気持ちで時間を過ごしたが、夜になって本当に祐介の身に何か遭ったのだろうかという疑問を持った。男らが言ってるだけじゃないのかと思ったのだ。
 それで密は簡単な変装をすると歩の通う大学へ向かった。
 10月に入り、大学は夏期休暇を終えているはずで、朝、門の傍まで行くとたくさんの学生が行き来していた。
 しかし、ほとんどの学生が同じ時間に来て、同じ時間に帰るということは有り得ない。密にも仕事があるので休日じゃなければ1日見張っているわけにも行かないし、ずっと傍をうろうろしていたら不審者だと思われかねない。
 1日の中で空いた時間を、1時間から2時間ほどかけて門を見張るというのを続け、1週間ほど経ってそろそろ怪しい奴だと警察に通報されないかなと思ったころ、やっとで祐介を見つけることができた。
 約3ヶ月ぶりに見る祐介は、顔が腫れあがって痛々しかった。
 上から湿布か何かを貼っているようだが、目元も青痣を作って見るも無残な顔だった。
 男らが言ったことは嘘ではなかったのだ。
 それを確認してさらに密は絶望した。
 アパートの部屋に戻りベッドに突っ伏すと、自分が今までやってきたことが何だったのかということを考えた。
 実のところこの3ヶ月、考えていたことではあった。
 祐介に告白され、最初は嫌悪していたらしい買春を祐介にさせ、「恋人のようにして」と言って「好きだ」と囁かれながら抱かれ――だがその祐介に金を出させたとき、密は確かに傷ついた。
 身勝手なことだと密自身わかっていたのだが、ショックは隠せなかった。
 今までに感じたことのない屈辱感に、密はその後、なぜ自分は売春をしているのかと自問自答し続けた。
 いつからだろうかと考え始めて、最初に行き着くのは母親のことだった。
 まだ密が幼いころに両親が離婚し、母親と一緒に2人で暮らすようになったが、夜の仕事をしていた母親のもとには、仕事柄かそういう性質なのか、いろんな男が出入りしていた。
 世話を見てもらった記憶もなく小学、中学を終えて、高校に上がるとしばらくしてそれは起こった。
 母親のもとに通っていた男の1人が、母親の留守のときを狙って現れ密を襲ったのだ。
 壁の薄いアパートの一室で行われる母親の情事を聞いていた密は、幼い頃からそういうものに嫌悪感を抱いていた。だから男が強要する行為を受け入れることは出来ないと、必死に抵抗を試みたのだが、男の力には敵わず密は組み伏されてしまった。
 その後も同じ男から体を強要され、次第に密は流されるままに抱かれるようになった。
 だが、それを母親に知られてしまったとき、彼女の怒りは男にではなく密へ向けられたのだった。
 壮絶な修羅場を迎え、物が飛び、殴られ、蹴られ、警察沙汰になるほどだった。
 そんな騒ぎになるほどだから、近所の住人にその時の話が広がり、果ては高校でも噂されて、そのせいでそれまで居た友人も密の元から去って行った。近所の人からは白い目で見られ、学校ではホモというレッテルを貼られ、もちろん親からは疎まれて結局、密の傍には自分に執着する男しか居なくなった。
 その出来事がきっかけで密は母親に対し憎しみを抱くようになり、あてつけのように母親の男を誘惑して奪うということを繰り返した。
 それが始まりだったが、高校だけは卒業し仕事を始め家を出ても、男に抱かれることを止めることが出来ず、金が欲しいというのもあって売春という道を選んだ。
 間違ったことをしているという意識はあったが、自分が自分の責任においてやることに文句を言われる筋合いはないと思っていた。
 なのに今、自分の行いのせいで祐介を酷い目に遭わせてしまい、自分自身も男らから逃れられない状況に陥ってしまった。
 自分の責任だから自業自得だとは思うが、こんなことになるなんて思わなかったという浅はかだった自分に後悔の念が止まない。
 だが、かといってこの先どうしたらいいのかという解決策さえ、密には思い浮かばなかった。
 もう、実のところ男娼を止めたいとは思っている。たくさんの男を相手にするのも嫌気が差した。金もいらない。
 ただ、彼ともう一度ゆっくり会いたい――。
「っ――」
 ふいに携帯が鳴った。
 メールだった。開くとリオからの呼び出しだった。
 同時にリオの言葉が脳裏を過ぎる。
『次断ってみろ。祐介とかいう男、今度は外を歩けないようにしてやる。わかったな?』
 密は携帯を仕舞うと部屋を出た。
 リオの待つホテルへ向かう。
 泣きそうになる自分を叱咤し、諦めの境地で密は内心呟いた。
(仕方ない。僕はこういう風にしか生きられない……)

2010.06.21

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