冬。僕はきみの傍に、

好きだったかも知れない[2]

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 宮下に自慰の写真をネタに脅され、隠れてセックスをするようになってから、3週間が過ぎようとしていた。
 場所は最初の8号館トイレだったり、宮下の家だったり、屋外だったり――時には僕が住んでる寮の部屋だったりした。
 寮はもちろん2人部屋で、戸に鍵をかけてるとは言え、いつ同室の後輩が帰って来るかと気が気じゃないし、部屋の壁なんて薄いもんだから声が隣に聴こえやしないかと不安で仕方なかった。
 だが、そんな風に怯えながら善がる僕を、宮下はもっと見たいと言ってギリギリな行為を僕に強要してきた。
 そうして何度かアブノーマルなセックスを繰り返すうち、宮下は僕とそういう行為をすることに執着心を持っているな、ということが分かってきた。
 例えば、宮下の要求するままナニを咥えて奉仕すれば、
「秋山さん、ほんと上手いですね。今まで何人の男とヤッてきたんですか」
と、少々嫉妬心を見せてみたり、限界まで攻められて善がってみせれば、
「脅されて犯されて、それなのにここをこんな風に勃たせてるなんて、秋山さんって淫乱ですよね」
と、自分がやってることは棚上げして僕を責めてみたり。
 普段は消極的な僕が、たまに他の仲間と親しげに話をしているのを見られた日には、ラブホテル(!)に連れ込まれて一晩中犯されたりもした。
「秋山さんってキレイだし、今まで女でも男でも欠かしたこと無かったんでしょうね。俺は何人目の相手なんですか? 今は俺だけですよね?」
 僕がプロレス選手のポスターで自慰をしていたことを、その時の宮下は忘れていたのか知らないが、確かに僕が女と話しても不快感を宮下は隠さなかった。
 そして場所は変わっても、宮下との行為の流れは変わらなかった。宮下は僕をイかせまいとし、僕はそれを我慢できず、最後には「イかせてくれ」と、時には涙さえ浮かべて懇願する――それが宮下との決まった流れであり、宮下の征服欲を満たすものだったんだろうと思う。
 ところで自慰の写真や、セックスを強要されたときに撮った写真で脅されていた手前、僕は何度かその写真のデータを消してくれと頼んでみたり、宮下の隙をついて消そうと試みたが、それは尽く跳ね除けられ、または失敗した。
「ケータイのデータを消しても意味ないですよ。俺のパソコンにもちゃんと保存してあるんで」
 そしてまたセックスを強要され、弱みとなる写真を増やされてしまうのだった。

 そんな日々がいつの間にか日常になりかけた7月中旬、僕の身に事件が起こる。
 梅雨明けももうすぐそこまで来ているようで、断続的に降ったりやんだりの中途半端な天気が2日続いた次の日の晴れ。
 じめじめとした湿気と暑さに堪え切れなくなった僕は、夜ももうすぐ深夜を過ぎようという遅い時間に、近くにあるコンビニへアイスを買いに出かけた。
 こういう時、寮の門限がないのは有り難い。
 寮を出てすぐ、道の先にコンビニの明かりが見える。
 そういえば、もう少し先へ行くと大きめの公園があったなと、ふと公園の景色が僕の脳裏に過ぎった理由は、つい先日の小雨が降る中で今と同じ時間くらいに宮下に呼び出され、いつものようにセックスを強要されたということを思い出したからだった。
 先日のことが次々と脳裏を過ぎっていくせいか、背筋にゾッと何かが這うのを感じて、僕は早く済ませて帰ろうと足早にコンビニへ向かった。
 カップのバニラアイスを買って、コンビニの駐車場を横切ったときケータイが鳴った。
 短い着信音はメールだったようだ。
 誰からだろうと何気なく開いたら、知らないアドレスからで本文にはこう書かれていた。
『この写真をばら撒かれたくなかったら、△▼公園へ来い』
 似たようなことを先月にも言われたことを思い出して、僕は思わずその場に立ち尽くした。
 ケータイ画面の下の方に写真の上端が見えていて、見たくはなかったが見ないわけにはいかず、何でもない写真であってくれと願いながら、恐る恐る下へスクロールしていった。
 画面全部に写真が写って僕は息をのんだ。
 そこには、寮の部屋で僕と宮下がセックスをしているところがしっかりと写っていた。
 嘘だろ、と内心で呻いたが、何度見直したところでそれは現実だった。
 一体、いつ、誰が……?
 そして、どうやってこんな写真を撮れたというんだろう。
 写真には部屋の入口が見えているから、部屋の奥の方から撮っているということになる。そこには確かに棚があって、いろんな物を置いてたりするけど。
 もしかして、気づかない間に宮下が隠し撮りしていたんだろうか?
 だが、今更隠し撮りする理由がわからないし、メールのアドレスも宮下のものではない。
 僕は無視するべきかとも思ったが、この写真をばら撒かれてしまったらと思うと怖くて、長いこと迷ったが公園へ行くことにした。

 夜の公園は不気味なほど暗く、そして静かだった。
 時折、虫の鳴く声が聴こえるが、それが余計に怪しい雰囲気を際立たせている。
 この公園は奥行きがあって、目的別にいくつかの広場に分かれていた。
 どこへ行けばメールの主に会えるんだろうと思いつつ入口をくぐると、再びケータイが鳴った。
 思わず驚いて震える手でケータイを開くと、
『奥へ来い』
という、ごく短い指示が書かれていた。
 まるで今、近くに隠れてこちらを見ていたようなタイミングの良さに、僕は慌てて辺りを見渡すが、木々や施設などの建物があり、夜ということもあって誰の姿も見えない。
 僕は仕方なく公園の奥へと歩みを進めた。
 奥というと公園の一番奥ということでいいんだろうか……。
 日除けのある休憩所や、いろんな形をしたベンチや、子供が喜びそうな動物の乗り物や遊具の横を通りすぎ、大きな広場に着いた。
 これ以上先は無かったよなと思い、その場に立ち止まって辺りを見回していると、急にそばの木陰から何者かが飛び出して来て、僕を後ろから羽交い絞めにした。
 しっかり口も塞いで、その体勢のまま僕をどこかへ引きずっていく。
 その広場には人工で洞窟のようなものが作られていて、どうやらそこへ僕を連れて行こうとしているようだった。
 僕はあまりの展開に恐ろしくなって、コンビニの袋を放ると塞がれた口の中で呻いたり、その腕を引き離そうと暴れてみたが、僕の腕より倍はある逞しい腕は、僕が暴れたところでびくともしなかった。
 僕を羽交い絞めにしている男は、明らかに僕よりも背が高く、そして筋肉質な体だということを背中で感じ、やはりメールの主は宮下じゃなかったということに僕は愕然とした。
 宮下だったらまだマシだった。宮下だったら現状は変わらないけど、宮下じゃなければ事態は確実に最悪な方へと向かっている。
 洞窟の中へ連れ込まれると、さらに濃い闇が広がっていた。
「連れて来たぞ」
 僕を羽交い絞めにしている男が、闇の向こうに声をかけた。その闇の先に、ほのかな明かりが見えてギョッとしたが、それはケータイの明かりだった。
 ケータイの明かりで男の姿が僅かに浮かび上がり、僕はその姿を見て驚愕した。
 長身に逞しい体躯と、体育会系な引き締まった容姿。
 僕とは真逆な雰囲気を持つ、寮の同室の後輩、篠沢だ。
「この時を待ってたッスよ、秋山さん」
 ケータイを閉じながらそいつが――篠沢が笑みを浮かべて言った。
 同時に羽交い絞めから解放されて、思わず一瞬だけ振り返ると後ろの男が見知ってる奴か確認した。
 篠沢と同じくらいの長身と逞しい体だが、どちらかと言えば後ろの奴の方がガタイがいい。するどい目と堅く閉じた口元がいっそう無愛想を際立たせている。
 時々、篠沢と一緒にいるところを見る、同じ寮に住む下辻だ。
 僕は下辻のことはとりあえず置いておくと、篠沢に視線を戻した。そして、聞かずには居られなかったことを口にした。
「篠沢、お前が……?」
 僕の呟くような問いに、篠沢の笑みが深くなる。
「そうッスよ、秋山さん。オレが隠し撮りしたんス。ビデオカメラで、ですけどね」
 ビデオカメラで?
 じゃあ、あの写真は動画の一部……。
「い、いつから……いつから気づいてたんだ?」
「そうッスね。7月入ってすぐッス」
 わりと早い段階で気づかれていたのか。
 そのことに、また僕が驚いて黙ると、篠沢は得意げに言葉を続けた。
「部屋に帰って来たら、時々宮下のヤツがいるし、そういう時の秋山さんの態度がちょっとおかしいなと思ってたんスよ。それで夜に出てく秋山さんをつけたら、この公園で宮下とヤッてんの見ちまって」
 篠沢の告白に顔が熱くなった。
 見られていたことの恥ずかしさに、穴があったら入りたいどころか、いっそ死にたいとまで思ってしまう。
 だが、問題はそれだけじゃない。
 僕は脅されているのだ。
「用件はなんだ。金か?」
「なに言ってるんスか、秋山さん」
「……?」
「言わなきゃわかんないッスか」
 ゆっくりと篠沢が近づいてきて思わず僕は後ずさるが、後ろにもう1人男がいることを失念していた。
 後ろの男――下辻にぶつかって慌てて離れようとしたが、あっさりとまた羽交い絞めにされてしまう。
「オレってゲイなんッスよ。だから、部屋に貼ってるレスラーのポスターを見る、秋山さんの視線が普通じゃないなって、すぐわかったんスよね。ちなみに後ろのヤツはどっちもイケるんスけど」
「や、やめてくれっ」
 近づいてくる巨体に怯え、僕は咄嗟に懇願していた。
「他のことなら、なんでもするから……」
 だが、篠沢は少し小馬鹿にしたように鼻で笑ってみせた。
「秋山さん、オレらのやってほしいことなんてひとつなんスよ。性欲処理ッス」
 身も蓋もない言い方に僕は嘆いた。
「な、なんで僕なんだ……」
 情けなくも泣き出したい気分だった。
 そんな僕に篠沢は追い討ちをかける。
「たまたま同室になって、弱みも握れたし、やりやすそうだし、それに秋山さんの顔、けっこう好みなんスよ」
 そうして、篠沢が自分のズボンのベルトに手をかけるのを、僕は絶望しながらただ眺めた。

修正:2010.04.25

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