冬。僕はきみの傍に、

俺の日々の煩悶[1-14]

 今週の火曜日、冬休み明けの実力テストがあった。
 俺はどっかの誰かと違って授業は真面目に聞はいてるし、予習復習もそれなりにやってたりする。テスト前には追い込みだってするし、進学のために成績や順位も意識してもいるし。
 まぁ、部活動しながら弟や妹の世話も見つつ、勉強が趣味と言ってのける毎回学年10位以内の友明の前じゃ、それすらも何の自慢にもなりはしないんだが。
 昨日からポツポツと一部の答案が返って来ていて、今までで一番最低な結果に俺は少々気落ちしていた。
「んな気にしなくていいじゃん。たかが実力テストだろ〜」
 土曜、午前の補習を終えた午後、部室でジャージに着替えながら雄樹が気楽な声で言う。
 万年最下位に近いヤツに言われてもな……。
「聞きたいんだが、お前はどうだったんだ?」
 鼻歌交じりに着替える雄樹の様子に、返事をする気なんてなかったのだけど、ついそう聞いてしまったのは、きっとこいつだって出来は悪かったはずなのに、なんでこんなに元気なんだと気になったからだ。
 だが――
「おれ? もっちろん、全然ダメに決まってんじゃん」
 落ち込むどころか、むしろ胸を張って断言する雄樹を見て、俺は余計に気分が沈んだ。
 中学からずっとこんなだから、今雄樹がここにいることが本当に不思議だ。
「……運ってすげぇんだなって、お前を見てるとつくづく思うよ」
「なんだそれっ! どーゆー意味だよっ!」
 声を上げる雄樹に、言い返す気力もなく俺はひとつ息を吐くと着替えに戻った。
 そんな俺に代わり、
「そのまんまの意味だと思うぜ」
と、友明がそう雄樹に冷ややかに返す。
 雄樹の怒りの対象が友明になり、2人で言い合っているのを横目で見ながら、俺は次の考査のことに思い巡らせた。
 ま、確かに雄樹の言うとおり「たかが実力テスト」なんだよな。
 次の考査は頑張ろう、うん。


 グラウンドに出るといつものように冷風が頬を打った。
 早朝よりは寒くはないし太陽も出てはいるが、ただ今日は特に風が強くて寒さがより厳しく感じる気がする。
 今日は3年の引退式だがアップや基礎練習は通常どおりやるんで、1年の俺らはいそいそと準備に取り掛かる。
 その3年はと言えば、あらかじめアップや基礎練習が終わったころに来ることになっていて、つまりはそれまでに全部終わらせなきゃいけないってことになるから――
「遅ぇぞ! 早くしろ!」
と、2年の先輩が来ても準備が終わっていないと、こういう怒号が飛ぶことになる。
「たっちゃん、張り切ってんなぁ」
 準備が終わってアップに入ると、1年の追川がそうぼやいてるのが聴こえた。
 つられて追川の方を見れば一番近くにいたのは俺で、誰に言っているのかは分からなかったが一応返事をすることにした。
「追川、それ先輩に聴かれたら何させられるか分からんぞ」
 何か問題を起こして、走り込みを増やされたり校庭の外周を走らされたり、というのはよくあることだ。
 だが、追川は顔色も変えないで飄々として言った。
「大丈夫。おれ逃げ足速いから」
 そういう問題でもないと思うが。
 しかし、確かに張り切ってはいるようだ。西森先輩はアップもせず、顧問兼監督の雷門と何やら話をしていた。
 つい、俺がそんな西森先輩の様子を見ていると、それに気付いた追川が続けた。
「あれってさ、今日改めて部長を引き継ぐから、だろうな」
「……なるほど」
 部長になるということは、今まで間壁先輩がやっていたような、部員に指示したりまとめたりってことをしなきゃいけないんだろう。
「……」
 そう思うと、あの西森先輩がよくそんな面倒なことを引き受ける気になったな、と一瞬そんな疑問が脳裏を過ぎった。
 我が強くて人を認めないところがある人だから、誰か、あるいは何かのために働くなんて想像がつかない。
 ただ、人を使ったり人の上に立ったりすることは好きそうだけど。
 アップも基礎練習も一通り終わる頃には、グラウンドの端にジャージに着替えた3年の姿がちらほら見え始めていた。
 雷門の呼びかけでグラウンドの隅にあるベンチに行くと、当然そこに3年も集まってきて、その中に間壁先輩の姿を見つけてしまい俺は思わず緊張してしまった。
 先輩と会うのは4日ぶり、くらいか。
 マンションの前で会ったとき以来だ。
 あの時は「諦められるまで想うのを許してほしい」とか言われたんだったっけ……。
 やっぱ……先輩はまだ俺のことを――と思いつつ、つい間壁先輩を横目で盗み見ていると、先輩がこちらの方を振り向きそうだったので、俺は慌てて視線を前に向けた。
 なんてことをしていると、
「あー、3年は――15人か。全員は集まらんかったか」
 集まった3年の人数をかぞえて雷門がぼやいているのが聞こえた。3年は23人いるはずだから8人も来ていないってことになる。
 根湖高校は進学校だから、部活動が終われば完全に受験に集中したいという先輩方が居ても不思議じゃない。本当は全員参加が望ましいんだろうけども。
「ま、仕方ねぇな。――じゃあ3年はアップして来い」
 雷門に言われて、ぞろぞろと3年がアップのため離れていき、俺は間壁先輩が遠ざかってくれたことにまずホッとしてしまった。
 残った2年と1年で、どうチームを割り振るか相談することになるが、何故かここで指示を出すのが雷門から西森先輩へと移っていた。
 西森先輩と八坂先輩が相談しているのを聞いていると、相手は先輩だからとか3年とはこれで最後だからとか、そういったことを配慮するつもりはないらしく、かなり本気で勝てるチーム編成を考えているようだった。
 ただ、2年は21人、1年は16人いるから、当然、全員を参加させることはできないだろう。
 2年の主だった先輩同士で更に話は進み、2年1年チームは主要メンバーを何人か決めておいて、あとは交代無制限という特別ルールを適用して実力のある者から試合に出す、ということになった。
 だが、先ほども言ったように全員は参加できない。交代メンバーの名前を西森先輩が呼んでいき、ついぞ俺の名前は呼ばれなかった。
「カズちん……」
「カズ、何て言っていいのか――」
 1年の中で名前を呼ばれた雄樹と友明が、俺を憐れむような目で見て言うが、口に手を当てて泣き真似をするので、どこまで本気で憐れんでんのか分かったもんじゃない。
 それはともかく2人が憐れむ理由は、つまり“下手なヤツ”だと認定されたからだ。
「――まぁ、反論はできねぇよ」
 2年1年チームから弾かれた15人ほどの中には、2年も5人ほど混じってはいたが、見れば単にサッカーが好きというだけの弱腰な先輩ばかりで、これが妥当と言えば妥当かも知れない。
 チーム分けが決まると雷門が2色のビブス型ゼッケンを取り出し、3年用の青のゼッケンを「3年に渡してくれ」と言って俺に手渡したので、番号はどう割り振ればいいんだろうと広げながら確認していると――
「うりゃっ!」
「ぐえっ!?」
 何の前触れもなく後ろからチョークスリーパーをかけられた。
 この冗談でもギリギリまで加減しない力強さから木原先輩だとは思うが……。
「たとえ1年相手だろうが手加減はしねぇからな!」
 頭上から、やっぱり木原先輩の声でそう言うのが聴こえたが、残念ながら俺は3年の先輩とは勝負できない。
「……ぐっ、ちが――ッス……ギブギブ」
 何とか説明しようとするも、木原先輩の腕は紙一重な力加減で入っているので上手く声が出ない。
「茂、そろそろ止めとかないと、橋谷の顔色が危険信号だぞ」
 近くにいたらしい柳先輩の声がして、そのお陰でやっと開放される。
「大丈夫か?」
 心配そうな声が傍で聴こえて、「だ、大丈夫ッス」と顔を上げるとそれは間壁先輩で、目が合った瞬間思わずドキッとしてしまったが――
「で、いま違うって言ったのか?」
と、木原先輩が訊いてきたので慌てて答える。
「あ、はい。全員はムリなんで15人くらいは試合に出られないんです。俺も……」
「ふむ」
 2年1年チームから少し離れた場所にいる俺ら15人を眺めて、俺の説明を聞いていた先輩方が「なるほどなぁ」というような顔をしたのは、力配分がどうのというのを瞬時に察知したからだろう。
 なので、15人の選出がどう行われたかの説明は必要ないだろうと、俺は手に持ったゼッケンを見せて「番号はどうしますか」と訊ねた。
「番号? まぁ適当でもいいんだが」
「上から順番にしたらいいんじゃないか?」
「そだな。まず1番か。ゴールキーパー来てるか?」
 木原先輩が振り返って聞くと、ちゃんと来ていたようで正規のゴールキーパーのポジションをやってる先輩に1番のゼッケンを渡す。
「で、フォーメーションだが――」
 ゼッケンを配りながら3年の先輩方も、各々のポジションを確認しつつフォーメーションを話し合う。
 傍で聞いているとどうやら3年の先輩方もかなり本気みたいで、公式戦ではなくても全力で勝ちに行こうとしているようだった。
 そうして、互いに話し合いが終わるとやっとで試合開始となった。
 開始のホイッスルが鳴って、グラウンド上に散る先輩らを見送りつつ、2年1年のチームはどういう配分になってるのか観察してみた。
 前半と後半での力配分もこだわってるようで、2年1年混合のチームにはなっている。
 向こうには1年が何人か入ってるはずで、見れば前半チームには2人の1年が配分されていた。
 じゃあ、一体どこのポジションにいるんだろうと観察してみると、2人ともディフェンダーに入れられているようだった。
 そうすると、3年側と同じシステムなのかと思ったら、フォワードに3人ミッドフィルダーに3人で、どうやら守備重視のようだけど……。
 相手が3年だから守備重視なのは分かるが、雄樹はフォワード希望で友明はミッドフィルダー希望なんだけど。
 しかし、雄樹と友明は前半には出ていないようで、後半に残ってる2年の先輩を見たら攻撃に強そうな先輩が少ない。
 もしかしたら、前半に主力を持ってきたのかも知れないけど、これなら雄樹や友明が前に出ることもあるかも知れないな。
 などと、そんなことを考えられたのは、俺が応援するべき3年チームが安定したボール運びで、一度も危なっかしい場面がなかったからだ。
 間壁先輩も普段の和やかな雰囲気とは打って変わって、怒号を上げて周りに指示を出しながら、2年1年チームのゴールを脅かしている。
 ただ、3年チームはしばらく練習していなかったせいか、久しぶりの試合だからか動きが鈍く、得点力には欠けているようでなかなか点が取れないでいるみたいだった。
 すると、前半も中頃になって3年チームに動きがあった。
 ディフェンダーにいた3年の1人が、どうも間壁先輩の指示を受けてミッドフィルダーに入ったようだ。そしてミッドフィルダーから1人フォワードに行った……ように見える。
 ということは、3−4−3ということになるわけで――
「いつものシステムに戻ったね?」
 隣で観戦していた1年堂島がボソッと呟くのが聴こえた。
 俺と同じ下手というレッテルを張られた堂島だが、こいつもそう思うということはやはりシステムを変えたようだ。
 2年1年チームが守備重視みたいだから、3年はもとのシステムに戻して更に攻撃に転じたようだった。
 それからは徐々に3年チームが押しているどころか、開始30分ほどで1ゴールを決め、更に勢いがついたのか終了間際にも追加点が入った。
 結局、2−0という点差で前半が終了してハーフタイムに入り、先輩らがピッチから帰って来るのを見ながら、これで一緒に活動できるのが最後だということを思うよりも、今の3年のチームが今日で見納めだと言うことのほうが俺は淋しいと思ったんだ。

2009.12.08

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